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■ オリジナル小説
   / 宝石を砕く魔王

 ・序  章 01
 ・第一節 01//02//03
 ・第二節 01//02//03
 ・第三節 01//02
 ・第四節 01

 

 




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◇続く神話/序説

 かつて、世界の全ては宝石の中に封じられました。
神の仕業か、悪魔の所業か、それを知るものは誰もいません。ただ、世界は宝石の中にすべてを収めました。
草も、木も、動物も、人間も、全てが―――いえ、二人の男女を除く全てが


プロローグ/召喚騎士


 追い詰められている。
  その事実を、彼は歯軋りと共に噛み締めた。
  敵は複数の、しかも手足れ。今夜は月明かりすら雲に覆われており、敵の位置どころか足元さえ満足に判別できない。
  だというのに、相手はこちらの位置を正確に把握しているらしい。今の状況では反撃もままならなかった。とはいえ、逃げ切ることも難しいだろう。
  ジルドは傷付き過ぎている。しばらく飛ぶことは出来ない。
  残る手札は? 状況を打開できるものはあるか?
  しかしそんな彼の思考を遮る、微かな刺激臭が鼻をついた。ハッとなって視線を巡らす。
  遠く、暗闇の向こうにチロリと瞬く火種を、彼は見た。
  瞬間、小指の先ほどの小さな炎は、視界を覆うほど巨大に膨れ上がった。否、ものすごい勢いでこちらに迫って来た!
「くっ……!」
  顔を強張らせ、あわてて横に飛びのく。
  大地を嘗めるように蹂躙する猛火は、彼のマントの裾をわずかに焦がし、通り過ぎていった。
  立ち上がり、また逃げる。右手には崖が延々と続いていた。
「つーかなんで追われてる!? いくら未開区だからって、戦闘になる事なんか滅多にありゃしないのに!」
  打開策の代わりに漏れるのは愚痴ばかりだ。
「それは、追われるべきものを、あなたが持っているからなわけでして」
  ふと、その声は空から舞い降りてきたように聞こえた。ハタと足を止め、警戒から身を構える。手は自然と、腰のポーチへ。
  数メートル先、闇に溶け損ねた様な黒い影が、行く手をさえぎり佇んでいた。それは黒いマントに身を包んだ、まだあどけない顔をした少年だった。
「どうも。こんばんは、騎士の人」
  場にそぐわぬ少年は、場違いに仰々しい会釈をしてそう述べる。その奇妙な格好もあいまって、どこか芝居の一幕のような雰囲気だった。
  むろん、だからと言ってそんな一人芝居に付き合うつもりも彼には無かったが。
「出ろ」
  ポーチから抜き出したものを手に、静かに命じる。手に握るのは、鍵のような形状をした銀細工。命じる対象は、銀細工の先に埋め込まれた“宝石”の中。
  受け応じる様に、それが淡い輝きを放つ。
「先端岩の山猫(レニアス)!」
  名を、叫んだ。
  宝石からもれ出た光が線を紡ぎ、まるで飴細工のように形を成していく。足を、体を、頭を―――
  現れたのは、確かに山猫のそれだった。しかし違う。
  体長は大型犬ほど。ただし、尾が根元から二股に分かれ、しかも甲殻類を思わせる外殻で覆われていた。先端には鷲が持つような三本の鉤爪が付いている。
  外殻は尻尾以外にも四本の足を覆い、そして体の所々に大きな瘡蓋のように張り付いていた。
  軽く頭を伏せ、異形の山猫が静かに唸る。弦を引かれた弓の様に。
「行け」
  爪弾く声。
  抉れるほどに大地を蹴り、山猫が疾駆した。標的は目前の影法師。
「うわ、いきなりですねぇ」
  その爪が少年を捕らえ引き裂く―――かと思えたその瞬間、
「止めろ、腕の猿鬼(ハヌムン)!」
  横合いからの声と共に、闇を引き裂くように現れた豪腕が、山猫の体を枯れ木のように吹き飛ばしていた。鈍い音が辺りに響く。
  豪腕の正体、それは異様な腕を持つ猿だった。おそらく猿鬼族の一種だろう。体躯は人とそう変わらない。しかし腕が足よりも太く、長い。
  やや前かがみの姿勢からダラリと下げられた手が、そのまま地面に付いているのだ。両腕を広げれば、おそらく三メートルを越す。
  その異腕に打たれた山猫は、悠に数秒程も宙を舞い、地面に激突するかというその直前に、身を捻って無理やり着地した。
  地に付いてなお、引き摺られるかのごとく地面に爪痕を残す光景は、先ほどの打撃の凄まじさを嫌でも思い知らされる。
  しかし、山猫のタフさは彼も信頼し得る所だった。
  二又の獣は、下から睨み据えるように猿鬼を見やると、すぐさま反撃に走り、彼はそれを見るまでも無く、マントの内から新たな銀細工を取り出す。
  右手に三、左手に二、計五本。目視するのは影法師の少年と横合いからの男。
「穂先蜂(ほさきばち)、壱から伍番!」
  五つの宝石それぞれが光を放ち、同一の形を成した。
  拳大ほどの大きさを持った五匹の蜂。それが翅を鳴らし、彼の体を取り巻くように飛び回る。
  それを見た瞬間、男がサッと庇う様に少年の前に立った。彼もまた、新たな宝石を手に。
「斉射。壱、弐、参番!」
「セロの外壁!」
  二人の声が重なった。
  命を受けた穂先蜂が、人の指程もある螺旋状の毒針を撃ち出した。凄まじい回転を伴って大気を裂くそれは、矢などよりもよほど貫通力のある、弾丸とも言うべき代物だ。
  無論、弾数は一発限りのもので、出射した蜂は役目を終えたとばかりに光と化し、宝石に戻っていく。
  放たれた弾丸は三発。うち二発は少年と男へ。
  下手な鎧なら苦も無く貫く針はしかし、突如として出現した強固な石壁に、なすすべも無く弾かれた。
  だがそれはいい。その二発は弾かれるために撃ったものだ。攻撃を防ぐために壁を出すのはセオリーだ。なれば、その壁をこちらの都合で使わせるのもセオリー。一つの壁で二箇所同時には防げない。
  最後の一発は、腕を振り上げようとしていた猿鬼の肩を貫いていた。痛みに仰け反る猿鬼。その隙を逃すはずも無く、山猫が襲い掛かる。走り抜けざまに腹部を爪で切り裂き、体を返して喉元へ。
「戻れ」
  だがそれは一歩及ばず、牙が届く前に猿鬼は光と化して宝石へと帰還した。
  その事に多少のいぶかしみを覚える。
  引き上げが鮮やか過ぎる様に感じた。劣勢であったとはいえ、あの猿鬼ならばまだ多少は粘れた。それをアッサリ引かせた上に、代わりのクリーチャーを出そうともしない。山猫はすでに、新たな標的に向かって駆け出そうとしているというのに。これではまるで―――
(誘い?)
  その考えを肯定するかのように、異臭が鼻を突いた。遠方に再度、小さく灯る鬼火を見つけ、すぐさま飛びのこうとする。
「……!?」
  その右足に、いつの間にか植物の蔦のようなものが巻きついていた。血の気が一気に下がる。
(植物の召喚!? 壁を目くらましに―――やられた!)
「レニアァァス!」
  叫びと同時に、遠く闇の向こうで、炎が膨れ上がる。
「四、伍番、足を!」
  命を受け、穂先蜂が右足の蔦に針を撃ち出した。
  蔦と同時に足の肉まで多少抉られたが、そんなことに構っている暇も無い。炎は目前に迫っている。
  次の瞬間、山猫の手加減無しの体当たりが、彼の身体を突き飛ばしていた。
  息が詰まり、あばら骨が軋む。覚悟していたとはいえ、意識が飛びそうになった。
  身体はそのまま崖の向こう側まで舞い、仰向けに落ちていく。間一髪。鼻先ぎりぎりを、大蛇のような炎が通り過ぎていった。
  その炎に巻かれながら、山猫もまた彼を追って崖を駆け下りてくる。
―――ガクン
  不意に、身体の落下が止まった。
「カッ……! ハッ……」
  激しく咳き込む。
  山猫が彼の旅装束に噛み付き、山猫は崖をかぎ爪でガッチリと掴んだ二つの尻尾によって支えられていた。
「ハッ……ハァ……ハァ……。レニアス……下に……」
  クルルと鳴いて、山猫はゆっくりと暗い崖下に下りていった。

‡  ‡  ‡

「どうです? トールノスさん、やりましたか?」
  影法師の少年が、傍らの長髪の男に尋ねる。
「いえ……。おそらく逃げられました。先端岩の山猫など……いい物を持っています。希少種ですよ、あれは」
「そうですねぇ。それに、判断力もいい。厄介ですよねー。参りました」
「はい……」
「まぁ、とにかく追いましょう。宝石を奪って来いと、厳命されていますからねぇ。このまま逃がすわけにもいかないでしょう」
  ため息をつき、少年は静かに述べた。

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