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■ オリジナル小説
   / 宝石を砕く魔王

 ・序  章 01
 ・第一節 01//02//03
 ・第二節 01//02//03
 ・第三節 01//02
 ・第四節 01

 

 




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第一節 雷の空を超えて/新世界 (3/3)


「ほんとにこっち側来てんのかよー? わざわざ峡谷を超えてさー」
「峡谷なんかに居たらルィロ様がすぐ見つける。向こうは荒野だから隠れる場所が無い。対してこっちは森。可能性は高いさ。先端岩の山猫ならこんな崖、苦も無く登るだろうしな」
  草を掻き分ける音とともにその話し声が聞こえてきたのは、クッカが置いてけぼりにされて十分ほどたってからの事だった。
  徐々に声が大きくなっていく。こちらに近づいてきているらしい。
  誰だろうと思い、振り返る。
「めんどくせー、てかだりー。虫とか嫌いなんだよオレ、帰っていい?」
「帰れるなら帰ればいい」
「ムリムリ、帰れるわけねーじゃん、直接命令されてんもんよー。……お?」
  やがて茂みの奥から二人組みの男が姿をあらわした。
  怪しそう。一目でそう思う。
  一人は自分より少し年上の短髪逆毛の少年だった。
  先ほどからの言葉遣いといい、しまりの無い顔といい育ちの悪さがにじみ出ている。もっとも、育ち云々と人としての好感度が必ずしも一致しないことは、彼女も十分承知しているが。
  もう一人は、二十代半ばほどの青年。
  男のくせにひどく長髪で、男のくせにひどく女顔。おそらく化粧までしている。男と判断できたのは、声と体格からだった。少年とは反対に育ちは良さそうだったが、
「おや、お嬢さん。こんな所にお一人でどうしたんです? もし迷っているようなら、家までお送りしますが?」
  長髪の男が馴れ馴れしく微笑みながら、近寄ってくる。育ちと好感度が比例しない、いい例だと思った。魂胆が見え見えだ。
「出たー! 似非紳士が出たー! 誰か断罪官を呼んでくれ!」
「やかましいっ」
  茶化して騒ぎ立てる少年に、男が怒鳴る。
  取りあえず、クッカは少年に同意しておいた。
「それはそーと、聴かにゃならん事あんでしょーや」
「ぐっ……わかっている」
  呻き、とりなす様な笑顔をこちらに向けてきた。人好きのする笑み―――のつもりなのだろう、本人は。
「お嬢さん、この辺で怪しい奴を見なかったかな? 二十歳ぐらいの男なんだけど」
  怪しいのならこの二人だが。他に出会ったのはリクセだけで、彼はもっと若い。
  知らないと答えようかとも思ったが、正直この手のタイプとは口も聞きたくなかった―――今までに色々あったのだ。社交場とか。こういうのは一度話しただけで調子に乗る―――ので、クッカはそっぽを向いて無視した。
「おいおい、ガキじゃねんだから。黙ってんじゃねーよー」
  彼女は絶対に答えないと決心した。こっちは比例したいい例。
「お嬢さん、見て分からないのかもしれないが、我々は召喚騎士だ。だから、」
「王の名の下に答えろってーの」
  いい加減にしつこい。口で言わなければ判らないのかと、クッカは溜め息をついた。剣呑な目つきを相手に向け、
「不愉快だわ。あっち行って」
  そう言ってしまった。

 クッカには知り得るはずも無かったが。
  それはコラトリオの人間にとって決して言ってはいけない―――いや、言えない筈の言葉だった。

 瞬間、男達の顔が強張った。
「あの男の仲間か!」
  口調を変え、長髪の男がいきなり肩を掴んでくる。
  ギョッとして、手を振り払う。だが今度はその袖を掴まれ、強引に引っ張られた。
「ここで何をしていた!?」
「な、何を言って……」
「答えろ!」
「放して!」
  反射的に振り回した傘が、男の顎に当たった。手の力が緩む。
  確かな恐怖を感じて、クッカは逃げ出した。もつれそうになる足を無理やり前に向け、転げるように走り出す。
「焔尾よ」
―――ゴォオ!
  目の前が真っ赤に染まった。巻き起こる熱風に煽られ、糸が切れたように尻餅をつく。全てが通り過ぎた後には、黒く煤けた地面だけが残っていた。
「派手にやりすぎるな。少しは自重しろよ」
「初めに逆らう気なくさせた方が楽だし、安全でしょーよ」
  息が吸えなかった。吐けもしない。
  炎のせいで周囲の温度は上がっているはずなのに、震えが止まらなかった。体の芯が凍えていた。
「そんなだから、あんな命令を受けるんだ。いい加減学べ」
「……るせえってーの」
  その身体に、地面から生え出た茨の蔦が巻きついてくる。
  だがそれにも抵抗する気が起きず、出てくるのは喉の喘ぎばかりだった。
  ここには、彼女の理解できるものが何も無かった。
  巻き起こった炎も。意思を持ったように動く植物も。男達の行動も。
  この豹変の仕方はいったい何なのか。確かに不愉快にさせるような言葉は向けた。だが、男達はそのことに怒っているとか、そういう当たり前の事ではない気がした。
  何か、彼女とは違った思考や、概念の元で動いてると思った。自分と彼らは同じ人間ではないというような気さえした。
  それは得体の知れない恐怖を呼び、クッカは今に至ってようやく、ここは本当に自分の知っている世界ではないのだと、自覚した。

「んで、どーすんのよこの子?」
「ひとまず、ルィロ様と合流するしかないだろう。黙秘を厳命されているなら、尋問も拷問も無意味だか」
―――ザン!
  長髪の男がいきなり吹き飛んだ。
  人が紙切れか何かのように舞う様は、実際に見てみるとかなりコミカルで、クッカは先ほどまでの恐怖も忘れ、ポカンと見上げてしまった。
  グルングルンと縦方向に三回転ほどしたところで、男が地面に落ちる。かなり洒落にならない音がした。
「…………」
「…………」
  あんまりな出来事に、誰も、何も反応できなかった。
  それを成した者たちを除いて。
  まるで兜のような角を持った狼と、その背に乗った小柄な男。変装のつもりなのかフードを目深にかぶり、口元を布で覆っていたが、誰なのかはすぐにわかった。
「リク―――
「喋るな!」
  言いかけた言葉が詰まる。
  少年は有無を言わさず彼女を抱え上げ、
「行け!」
  狼は命を受けて駆け出す。
「え、あ、ちょ……テメェ、待ちやがれ!」
  そこでようやく、逆毛の少年は我に返ったらしかった。
  無論その言葉に応じるはずも無い。気持ち良いまでに無視して、狼は木々の隙間を駆け抜けていく。
  しかし、次の言葉はさすがに無視できなかった。
「焔尾!」
  遠く叫ばれた声に、愕然と、恐怖が蘇える。
「よけて!」
「コラン、死ぬ気で曲がれ!」
  叫びに、切羽詰った命令が続いた。
  体が地面と擦れるほどに傾く。それほどに、むちゃくちゃな曲がりで狼は答えて見せた。
  熱風にあおられ、そのまま横倒しになったがそれでも僥倖だ。強かに打ち付けた肩が痛んだが、黒焦げになるよりはよっぽどマシ。
  炎の通過した道は、黒い灰だけが残っていた。
「なんて、火力……。熱は女王の専売特許だろうに、山火事でも入ってんのかよ!」
「何なの、あの人たち。何であんなことができるの!?」
「決まってる。何かを支配してるからだよ!」
「しは……い?」
「コラン、いけるか?」
  クッカの問いを無視して、少年は狼に尋ねる。
  狼は何とか立ち上がったものの、息が荒く覇気が無い。素人目にも限界が見て取れた。
「さすがに二人乗せてはきつかったか……。悪い。もう休んでいいよ……」
  少年が、左手の腕輪を差し出すようにして囁いた。狼は光へと姿を変え、そこに埋め込まれた宝石へと帰っていく。
「あーもう、どこ行きやがった!?」
  遠くで、先ほどの逆毛少年が声を上げた。
「行こう。逃げないと……」
  返事も待たず、リクセは走り出した。
  彼女の思いも無視して、体はそれに付いていく。
  何かがズレていた。自分の中の何かがおかしい。なぜこんな異常な状況の中で、少年の言葉にだけは素直に従ってしまうのか。
「何なの? 支配って何? 変よ、さっきの人たちも、あなたも!」
―――そして自分も。
  リクセは走るのをやめない。止まらずに、場違いな笑い声を上げた。
「変だろうね。僕だってそう思うさ!」
  それは、ひどく陰惨な声に聞こえた。陰惨で、悲痛な声。
「この世界は支配で繋がってる。召喚騎士は与えられた宝石を支配し、宝石を持つ王はすべてを支配している! 宝石で紡がれた鎖だ!」
  宝石で紡がれた鎖。宝石から解放された自分。
「じゃあ、私は……」
「宝石から解放されたものは、人も動物も、自然現象も、解放した人間に従う。君は―――僕が支配している。試してみようか? 君は僕に絶対に逆らえない」
  その言葉を聞いた瞬間、疑問は理解へと組みあがった。そして同時に、別の何かが崩れたように感じた。

‡  ‡  ‡

「うべっ」
  背後の呻きに、リクセは振り向いた。
  木の根にでも足を引っ掛けたのだろう、クッカが地面に顔をうずめて倒れていた。
  森の中を走るのは素人には難しいし、今はもうだいぶ日が落ちてきていた。転んだとしても無理は無い。
「平気?」
  駆け寄り、手を貸そうとする。
  その手をやんわりと払って、クッカは身体を起こした。けれど、立とうとはしない。自分の身体を抱くようにして、俯いていた。
  表情は伺えない。あまり見たい気も、しなかった。
「少し、休もう」
  耐えかねて呟く。
  やはり返事は無かったが、異論がある訳でもないだろう。リクセはそれっきり黙って、腰を下ろした。
  夕焼けに、目を細める。
  ふと思い出して、あの男から奪い取った皮袋を取り出した。
  クッカは体力云々以前に、精神的にかなり疲労しているようだった。
  ならば宝石に戻して、自分ひとりで走った方がいい。いや、元気一杯だとしても自分一人のほうが早い。そう思って、中を漁ってみたのだが、
「参ったな……。入って無いし」
  十個ばかしの宝石の中に、大粒のサファイアは混ざっていなかった。
  落胆とともに、皮袋を仕舞う。今後のことを思うと、頭が痛くなった。町に帰ってからどうしたものか。
「ねぇ……」
「ん」
  久方ぶりに、少女の言葉を聞いた気がした。
「私のお父さんとか、お母さんはどうなってるの? あと、お姉ちゃんも……」
  その問いは、リクセにとっても辛いものがあった。
  どう考えても、彼女の望むような答えは返せそうに無い。少女をさらに追い詰めることになるだろう。けれど、黙り込むわけにも行かない。
「わからないよ。まだ、どこかで宝石の中にいるか。王の支配の下で生きているか。……もう、死んでいるか」
「会える可能性もあるんだ……」
「……一応は」
  言ってから、卑怯な奴だと自分を罵った。
  確かに、今現在もどこかで生きている可能性はある。王の下に支配され、暮らしていれば会えたかもしれない。
  けれど、彼女を宝石から解放してしまったのはリクセだ。彼女が王の庇護下で生活できるはずも無かった。自分が、死なない限りは。
  それは、伝えるべきか否か。迷いが、沈黙を生む。
「ねぇ、リクセ」
「うん?」
  いつの間にか呼び捨てにされている。
「なんか、変なのが居るわ」
  声に振り向いて、固まった。
  どこかで見た妖精が、クッカの額の前に浮かんで、手を当てていた。
  妖精の少女はリクセと目が合うと、なぜだかニッコリと微笑んだ。笑顔のままブンブンと大きく手を振って後退していき―――そこでやっと、リクセはそれがごまかしの動作だと気付いた。
「ッ……待て!」
  叫び、捕まえようと慌てて手を伸ばす。その手を掻い潜って、妖精は飛び去っていった。
「何だったの……? 今の」
「覗き人だよ、記憶をとられた……! ていうか、もっと素早く疑問に持とうよ!」
「あ、まだ居る」
「どこ!?」
  妖精は手の届かない遥か木の上で、にこやかに小さな手を振り続けていた。
「おちょくってんのか!」
  投げつけた石は当然の事ながら当たらず、声無く笑いながら妖精は去っていった。
「クソ、あの男の妖精だった。居場所を知られた……!」
  いや、それよりも。見られた記憶によっては、自分がどういう人間か知られかねない。それは、なんとしても避けたかった。
(どうする? 逃げるか、追うか……)
  風に吹かれた髪を、ぞんざいに撫で付ける。
  サクンと、背後で草を踏みしめる音がした。
  なぜか、音は一度だけしか聞こえなかった。
「こんなところに居たんですか。やっと見つけました。騎士の人ではなく、ギドさん達の言っていたお仲間さんのようですが」
  背筋が凍る。フードを被り、首に巻いていた布を口元まで上げて振り返る。
  いつの間に、どこから現れたのか、まったく判らなかったが。
  蝙蝠のような黒いマントを羽織った子供が、そこに佇んでいた。

‡  ‡  ‡

 妖精の盗んできた記憶を見たシャスティは、まるでタチの悪い冗談に出会ったかのように、笑っていた。
  すぐ側を飛んでいる妖精が、気持ち悪げに眺めてくるが、そんなことも気にならない。
  実際、その記憶には彼にとって、冗談のようなものが映っていたのだ。

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