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■ オリジナル小説
   / 宝石を砕く魔王

 ・序  章 01
 ・第一節 01//02//03
 ・第二節 01//02//03
 ・第三節 01//02
 ・第四節 01

 

 




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第三節 堕ちる軌跡/少年 (2/2)


 宝石から噴き出したマグマが、シャスティを戒めていた茨を焼き切る。
  マグマはさらに、シャスティを中心に渦を巻いて広がり、取り囲っていた薔薇すべてを飲み込んだ。
  大地が赤く染まった。
  マグマの熱により、大気が陽炎のように揺らぐ。それとは逆に、男の表情は凍りついたように固まっていた。
「ギド、と言ったか? 俺もすこぶる邪魔に思ってたんだ。ありゃ、可燃性のガスかなんかだろう? 迂闊にこんなものを使うと、引火してアッサリ焼け死にそうだったからな」
  すべてを変質させたマグマの海の中、唯一変わらず、平然と佇んで、シャスティは語る。
「キ…サ、マ……」
「なんだ怒ったのか? いいじゃないか少しぐらい燃えたって。まだまだいっぱいあるんだろう?」
「キサマァァァアア!」
「吼えるだけなら犬でも出来るさ!」
  溶岩の外、四方八方から薔薇の蔦が伸びる。だが、近寄るそばから全て、噴き出すマグマに焼き払われた。
「ハヌムゥゥゥン!」
  今度は猿鬼が動いた。
  二体の猿鬼は伸びる茨に捕まり、振り子のように勢いをつけて、シャスティへと飛ぶ。風を裂いてうなる豪腕。百キロを超える質量にこのスピードは、さながら砲弾だろう。すべてを燃やし尽くすマグマとはいえ、硬度を持たぬ液体で防げるものではない。しかし、
「立ち、阻め!」
  壁のように盛り上がったマグマが、一瞬で冷え固まって岩石と化す。
  飛来する猿鬼たちは、構わずに拳を叩きつけた。
  轟音。砕ける溶岩の壁と、猿鬼の拳。速度を殺された獣は、その末路を提示されるように、ゆっくりと落下していく。
「突ら! 抜け!」
  岩石の槍が伸びる。聞くに堪えない断末魔が、響き渡った。長く、長く尾を引き、やがて溶けるように消える。
「ならばあああ!」
  それを引き継ぐように、男は叫んだ。
  伸びた蔦が幾重にも絡まり、束なり、巨木となって立ち昇る。
「引き―――
  それに構え、シャスティは腕を振るった。燃える海が、ザァァと潮のごとく引いていく。
「あああああ!」
―――擡げ!」
  二人が同時に腕を突き出した。

 高く、高く、塔のように伸びた茨の束が、一斉に降り注ぐ。それは、さながら薔薇の滝。

 燃え盛る溶岩が、鎌首を擡げた蛇のように、牙をむく。それは、全てを呑み込む炎の波。

 滝が、波に呑まれる。赤い津波は止まらない。
  さらに高く鎌首を擡げ、さらに大きく顎を開き、男に迫る。
「お、あ、あ、あ!」
  男は、恐怖に顔を歪め―――なお抗って宝石を取り出した。
「あああアラストールの絶対城壁いぃ!」
  壁が、天を突く壁がそそり立った。
  高さ数十メートル。横幅二十数メートル。厚さ十数メートル。壁と言うよりも巨大な柱に近い形状だったが、それは確かに城壁の一部だった。
  波が、激突する。壁は揺らがなかった。牙が折れ、砕かれるようにマグマが落ちる。
「やっ―――
  やった。
  その一言が、彼には言えなかった。
  円形に並んだ牙を持つ巨大なミミズが、突如地中から生えて彼に喰らいつく。
「げがっ」
  それが、男の最後の言葉だった。
  同の半ばで噛み千切られ、ごろりと地面に転がる。その顔は、喚起の笑みで固まっていた。
「……壁を目くらましに召喚。こないだキサマがやったことだろう?」
  それとは対照的な、鬱屈とした視線を死体に送って、シャスティは静かに呟いた。

‡  ‡  ‡

「やれ、やれだ。終わったんかーね?」
  終わりだろう。炎の走った跡を眺めて、ギドは確信した。
  草原に黒く伸びた道の中ほどに、消し炭となった死体が伺えた。とても、生きているとは思えない。
「割かしあっけ無かったけど。まぁ、死なずにすんでよかったわなー」
  呟きながら、死体へと歩み寄る。
  胸のうちには、特に勝利の高揚も無い。死ななかったと言う安堵が少しだけ。他は、何も。まぁ、命令を遂行できたことは、喜ぶべきだろう。
  わーいわーい、と心の中だけで祝う。……二秒でやめた。
「あーむなし。さっさと宝石だけ拾って帰んべ」
  死体の脇に屈み、皮袋の燃えカスからこぼれていた宝石達に手を伸ばす。
―――ガシッ
  その手首を、突如地面から生えた人の手が掴んだ。
「な!?」
  さらにもう一本腕が生え、今度は髪を掴まれ、引き倒される。
「近づいて……来てくれた……!」
  腕に続いて、頭が、身体が―――少年が、土の中から身を起こした。
「何で、てめーが! 死体は!?」
「宝石に入っていた、別の死体だよ。弓の、持ち主の。まさか、こんな役に立つとは、思わなかったけど」
「くっ……土繰り、こいつを!」
「その土繰りをとめろ。土繰り」
  背後からリクセに向けられた泥人形の拳を、不意に地面から盛り上がった土が受け止めた。土はそのまま、同じような泥人形へと姿を変え、対峙する。
「土繰りを持ってるのが、アンタだけだとでも? 馬鹿な思い込みだね」
  驚きに歪むギドの顔に、表情をなくした少年の口が答える。
  まんまと、やられた。驚嘆するほどに。
  土が―――土繰りの身体が取り除かれた地面には、底の浅いくぼみが出来ていた。ギド自身が、爆発で作った窪みだ。そこに伏せて、土繰りの身体に埋まって炎をやり過ごし、さらには死体までおいて彼を誘い出した。
  見事と言うほか無い。だが、その事に感心している余裕も無かった。
  リクセが一握りの石を掴み、振り下ろす。
  鈍い衝撃が、頭を砕く。世界が、ブレた。
「炎は、使えないだろう? 可燃性のガスを操って、燃やしてるんだもんな」
  また一撃。揺れる。世界が揺れ続ける。ヤバイ。
「炎自体を支配してるわけじゃないから、大雑把にしか燃やせない。ここまで接近されたら、自分も燃やしてしまうだろう?」
  さらに一撃。意識が飛びかける。ヤバイ。これは、ヤバイ。
  今一度、腕が振り上げられる。これ以上は、意識を保っていられない。意識を失ったら、殺され―――

―――君は、執念が足りないなぁ。
  声が、聞こえた。絶対的な、声が聞こえた。
―――諦めが良すぎる。それじゃあ、駄目だ。生き残れない。ツマラナイよ。
  今この場で、聞いている声ではない。別の場所で、別の時間に言われた言葉。
―――だから。何よりもどんな事よりも。死ぬほどに、死ぬよりも怖く、死を恐怖するといいよ。
  それは、王に命じられた言葉だった。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
  恐怖が身体を貫く。恐怖が心を砕く。恐怖が意志を塗り替える。
  人のモノとは思えぬ雄叫びを上げ、ギドは二本の指にはめられた指輪同士を、擦り合わせた。

‡  ‡  ‡

 咄嗟に飛び退けたのは、自分でも出来すぎだと思えた。
  ギドの指輪同士が、火花を生む。発火。立ち昇る炎で、前髪の先が少し焦げた。
「な……マジ、か?」
  対するギドは―――その半身を、炎に焼かれていた。右腕は肘から先が黒くこげ、顔半分も赤くただれている。
「ぐ……ぎ……あ……」
  そして、そんな有様でなお、こちらを睨んで、佇んでいた。
「自分の、身体ごと……」
  例え死に直面していたとしても、そんな事、生半可なことで出来るものではない。こんなものは、人間の、生物の、意志じゃない。
  ギドが、宝石を取り出した。
  それを見て、慌てて起き上がって後退する。
  言葉にもなっていない叫びで、宝石が解放された。刃のような長い爪を持つ、二足歩行の巨大なトカゲ。リザードマンだ。
「っ……コラン!」
  リクセもまた、最も信頼を寄せる一体を呼び出した。
  地を蹴る、トカゲと兜狼。しかしその向こう側で、またもギドが火花を鳴らした。
「嘘だろう!? 避けろコラン!」
  声に、横に飛ぶ兜狼。しかし僅かに間に合わず、後ろ足を軽く炙られ地面に倒れた。
(なんでだ! なんであんなことが出来る!?)
  あの状態で更に炎を起こすなど、まったく予想していなかった。来るとしても、再び鬼蛍を召喚してからだと、油断していた。黒く焦げた指で、あんなこと、信じられるものでは―――いや、違う。
(忘れるなよ! それが支配だろう!)
  リザードマンは、五体満足で真っ直ぐにこちらへ飛び掛ってくる。
「くっ!」
  振るわれる爪。身を捻るが、わずかに背中が、そしてポーチのベルトが引き裂かれる。
「があっ! ……っくしょう!」
  生命線が、手から零れ落ちた。弓も、宝石も手元になく、コランも戦えない。ヨロつく身体を、リザードマンの尾に打ち払われる。
  悲鳴も上げられず、リクセは地面を転がった。肋骨が軋み、肺が空気を求めて喘ぐ。それでも、立たなければならない。立たなければ、死ぬ。
  震える腕で、無理やり身体を起こす。しかしどうする? もはや手札がない。すぐには身体も動かせない。打つ手が、無い。
  ポロリと、上着のポケットから何かが落ちた。それは、紫色に輝く、アメジストの宝石。
  何故、ポケットに? こんな宝石を持っていただろうか? いや、見覚えはあった。それはごく最近拾った宝石。クッカのサファイアと一緒に拾ったものだった。中身は、まだ知らない。
(なんでもいい!)
  拾い、振り返る。リザードマンは目前にまで迫っていた。宝石を掲げて叫ぶ。
「出ろぉお!」
  瞬間、目が焼けるほどの光が、辺りを覆った。音が消える。いや、違った。あまりの轟音で、鼓膜が麻痺しただけだ。
  数瞬の時を置いて、目を開く。
  その爪をリクセの顔直前に突きつけたところで、リザードマンは炭化して死んでいた。困惑が、頭に広がる。
「なんだ、何が起こった? 何が入っていたんだ?」
  周りを見渡しても、それらしきものは見当たらない。しかし、なんだか妙にあたりが暗かった。
(上!?)
  思い至って、振り仰ぐ。
  そこには、太陽を遮る黒い雲が広がっていた。

‡  ‡  ‡

 突如起こった雷鳴に、クッカは小さく悲鳴を上げて立ち止まった。
  何事だろうか。今日は快晴だったはずだ。雲ひとつ無かった。しかし、空はいつの間にか分厚く黒い雲で覆われていた。
  その光景を、クッカはどこかで見た覚えがあった。どこだろう、と考えてすぐに思い出す。
  これは、つい昨日見た光景だ。正確には、宝石に閉じ込められる少し前。
「アガトの町で見た、雷雲……?」

‡  ‡  ‡

 呆けたように雷雲を見上げていたリクセは、すぐに我に帰った。
  あれは雷雲だ。宝石から出てきた雷雲。今自分は、雷を従えた。ならば、
「落ちろ―――
  指を突きつけ、呟く。
  自分と同じように雷雲を見上げていたギドが、その声にハッと反応した。
「雷よ!」
  轟音と共に、一筋の光が落ちる。だが、その場所はギドから遠く離れた場所だった。
  その結果に、怒りすら覚えて呻く。
「クソ! 初めてでそうそう操れるものじゃ無いか!」
  意志を持たないモノを正確に操るには、それなりの慣れが必要だ。今この状況で、どうこうなるものでもない。
  ギドが新たに鬼蛍を解放した。もうじき、炎が来る。
  兜狼を、宝石に帰還させた。
「なら……もうどうにでも、なればいい!」
  叫び、命じる。
  標的など無く。節操も無く。加減も無く。
「好きに、落ちるがいいさ!」
  空と大地を繋ぐように、幾本もの光が奔った。世界が瞬く。そして、雷は、あたりに充満しているであろうガスことごとくへ、引火した。
  炎が爆発的に膨れ上がる。熱波が渦を巻き、リクセの肌をチリチリと焼いた。一面の赤。その中を、リクセは走った。
  まだ終わっていない。あの少年ならば、あの瞬間自分の周りからガスを遠ざけるぐらいは出来る。まだ、生きている。
  炎のベールを越えた先に、少年の姿を見据え、リクセは飛び掛った。
  お互いの身体がもつれ合い、地面を転がる。リクセの拳が、相手の顔面を殴った。
「……たくない!」
  掠れるような叫びが聞こえた。今度は殴り返される。焼け焦げた、拳で。
「……にたくない!」
  その指に噛み付き、悲鳴を上げる相手をまた殴る。自分が、上を取った。
「死にたくない!」
「黙れよ!」
  相手を殺すためか、その叫びを止めるためか自分でも分からなかったが。リクセは少年の首を両手で締め上げた。
「……カッ……ッ……!」
  舌を突き出して、ギドがもがく。血走った目が、ギョロギョロと動いてリクセを見つめてくる。助けを、訴えるように。
「そんな……人間じみた目で、見るなよ!」
  一言毎に、力を込めた。頭部に衝撃。ギドが、握った石でこちらを何度も殴ってくる。それでも、力は緩めない。
「支配されて、あんな狂った事して、なんで!」
  その言葉は叫びではなく、悲鳴だった。悲鳴を上げながら、リクセは首を絞め続けた。
「ちくしょう! ちくしょう!」
  自分は殺そうとしている。他の何でもない、人間を、殺そうとしている。正義も、大義も無く。自分の意志で。
「ああそうだよ! お前は人間だよ! ならそれでいい!」
  石を握った少年の腕が、徐々に力をなくしていく。
「それでいい! お前は人間でいい! 僕は人を殺して!」
  グルンと、その目玉が裏返る。
「お前を殺して! もう戻れないとこまで、堕ちて! 僕は進んでやる!」
  リクセの中で、タガが、外れた。
「だから! 僕の、生贄となって、死んでくれ」
―――ゴキンッ
  鈍い音が響き、少年の身体は力を失った。
  そのとき初めて、リクセは自分が泣いていることに気付いた。

 数分も呆けていた頃だろうか。一陣の風が、リクセの頬を凪いだ。
「ギドさんは、やられちゃいましたか」
  予想していた声が、背後からかかる。振り向くとそこにはやはり、蝙蝠マントの少年―――いや少女か―――ルィロニアの姿。
「参りましたねぇ、トールノスさんも負けちゃったみたいですし」
  全然参ってなさそうな気楽な口調で、そう言ってくる。リクセは、静かに立ち上がった。
「……お前も、僕を殺しに来たのか?」
「お前ではありません、ルィロニアです。ああ、ルィロでもいいですよ?」
  どっちでもいい。
「まぁ、戦うつもりはありません。貴方にマントを射貫かれたせいで、あまり上手く飛べませんからね。一応自分で縫っては見たんですが、どうも駄目です……」
  そう言いながら、少女はテクテクとあらぬ方向に歩き出した。
「じゃあ、何しに来たんだよ」
「そりゃあもちろん……」
  不意に、彼女が足を止める。その側には、放置されたままだった誰とも知れぬ男の死体―――しまった! とリクセは顔を強張らせた。
「宝石を取りに。あはは、やっぱり忘れてました?」
  自分の馬鹿さ加減に、歯噛みする。ギドをおびき寄せるとき、死体と一緒に宝石もエサとして使っていた。それを、回収し忘れていた。
「駄目ですよ? 今度からはちゃんと気をつけてください」
  ルィロニアは、少年のような少女のような、どちらか判断が付けづらい笑みを浮かべて、
「でなければ、王は殺せませんよ?」
  静かに、そう言ってきた。
  リクセは押し黙ったまま、何も答えない。別に驚いているわけではない。今までの彼の行動を考えれば、十分に予想の付く事だろう。ただ、答える言葉が見つからなかっただけだ。
「貴方は王を殺す気なんでしょう? 二人の王を。何モノをも切り捨てて、その命すら剣先に晒して」
「そうだ」
  今度はハッキリと、答えた。
「僕は、王を殺す。どんな事をしたって殺してやる。もううんざりなんだ、こんな世界。気が触れそうになる。だから―――
「だから殺す、と? 正義も大義も無く、自分の希望ただそれだけの為に、世界全部を敵に回して。宝石を集めて、あなた自身も支配を強いて、配下を生贄のように散らして? まるで魔王ですね」
「悪いかよ」
  勢いでそう言ってから、リクセは自分自身に嘲笑を漏らした。決まっている。悪いに、決まっているじゃないか。しかし、
「いいえ」
  少女は、拍子抜けするほどアッサリと、首を横に振った。
「悪くありません。少なくとも、わたしにとっては」
「……なにを、言ってるんだ?」
  思わず正直に、困惑を口にした。
「半分なんですよ、わたしは。母の、支配される血が半分。そして父の―――王の、支配する血が半分。半分だけの、中途半端な支配が、わたしの体にはあります。そして、中途半端な自由と意志も。だから、分かる」
  すっと、手に持った宝石を、こちらに指し示してくる。
「いつか……この宝石を奪いに来てください。今は渡せない。半分の支配とはいえ、厳命されてしまっているから、渡すことは出来ません。ですが、何年先でもいい。いつかもし、この宝石を貴方が手にするようなことがあれば、道が開ける。この中には、王の、不死の秘密が入っているはずです」
「……信じても、いいのか? その言葉を」
「支配されているなら、こんな言葉は言えません。そして支配されていないのなら……この世界が、どれほど苦痛なのか、狂っているのか分かるはずです。そうでしょう?」
「そう、だな……」
  その通りだ。彼にとってそれは、この上なく納得できる、共感できる理由だった。
「ですから、お願いします。この後も、貴方が生き続ける事を願います」
「リクセだよ」
「え?」
  キョトンと、ルィロニアは目を瞬かせた。その表情に、わずかに苦笑をもらして、リクセは続ける。
「貴方、じゃない。リクセ・ルクルスだよ。……ルィロニア・コラトリオ?」
  そう言われた後も、彼女はしばらく理解できないでいるようだった。年相応の子供らしい表情で、ほけっとこちらを見つめて―――しばし後、慌てた様に口を開いた。
「あ、はい、えっと……リクセ、さん。わかりました。……あ、わたしは、ルィロでいいです。特に下の名前は、やめてください」
「わかったよ。ルィロ」
  笑いをこらえながら頷く。その様子に、ルィロは少し不満げな表情を見せたが、すぐに背を向けた。
「それでは。できるならば、また会いましょう、リクセさん。三人目の、王」
  風が吹く。その身を木の葉のように散らして、ルィロはいまだ雷雲に覆われている空へと、高く舞い上がっていった。
  それを見送った後、リクセは残された二つの死体を交互に見る。少しだけ緩んでいた感情が、すぐに冷えて固まった。
  軽く頭を振って、ギドの死体の側にしゃがみ、彼が持っていた宝石をポーチごと奪い取る。途中こみ上げてきた感情は、喉の奥で無理やり飲み込んだ。
  仮にも騎士が持つ宝石だ。有用なものが入っているだろう。少なくとも、あの可燃性のガスは使える。
  奪い取ったポーチを腰に巻いて、今度はベルトを切られ放置してあった自分のポーチを拾いにいく。中に入っていた宝石を、移す。囮に使った死体は、宝石に封じた。
  後で、土に埋めるぐらいはするべきだろう。多少は、罪悪感も和らぐかもしれない。あまり、期待は出来なかったが。
  ザッ。土を擦る足音が聞こえた。
「そうか……。お前は、王を殺すのか」
  声に、振り向く。そこに、最後の騎士が、シャスティ・ラッドが佇んでいた。


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