×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

sub list

■ オリジナル小説
   / 宝石を砕く魔王

 ・序  章 01
 ・第一節 01//02//03
 ・第二節 01//02//03
 ・第三節 01//02
 ・第四節 01

 

 




Text Page

Content List

◇続く神話/二人

 二人の男女は、何も無い世界を歩くうちに、やがて四つの大きな宝石を見つけました。そして二人は、それぞれ二つずつを手に取り、中に入っているものを開放したのです。
  男が開放したものは、『風』と『光』。女が開放したものは、『水』と『熱』でした。
  するとどうでしょう。開放したそれら四つが、二人の思うとおりに操れるではないですか。
  二人は驚愕し、歓喜しました。彼らはそれらを支配したのですから。


第一節 雷の空を超えて/新世界 (1/3)


 雷が鳴り響いていた。
  雨は降っていない。分厚い黒雲に覆われた空に、雷の音だけが響いていた。
  傘はいらなかったなぁ、と思いながらそんな空を見上げる。
  戦争のため、アガトなどという辺境の町に疎開されてきて以来、森を歩くのは彼女の日課になっていた。
  何せ、他にやることが無いのだから仕方が無い。
  父も母も、姉もおらず、自分だけが幾人かの召使いと共に、こんなところに送られてしまった。退屈をもてあます日々に、正直いって飽き飽きだ。
「せめてお姉ちゃんも一緒に来ればよかったのに。なんで私だけ……」
  後から追いかけてくるとは言っていたが、何時来るのかはわからない。
  結局、今日も今日とて、森を散歩するしかないのだ。
「今、何時ごろだろ……?」
  呟き、空を見上げる。しかし、分厚い雷雲は太陽の姿すら覆い隠していて、まったくうかがい知れなかった。
  もうそろそろ、夕方あたりだと思うのだが。
「……そろそろ帰ろ」
  あまり遅くなると、あの小うるさいメイド長になんと言われるか分からない。時間が分からないのならば、早めに帰ったほうがいいだろう。
  そう思い、くるりと進行方向を変えて、

‡  ‡  ‡

―――その日、全ての大地が光に包まれ。
  世界の全てが、宝石に収められた。

‡  ‡  ‡

 ふと、目を開けると見知らぬ少年が目の前にいた。
  そのことに驚き、目を瞬かせる。
  歳は彼女と同じか、少し下ぐらいか。くすんだ茶色い髪をしていて、瞳の色も赤みがかった茶色。まだ幼さの残る顔立ちなのだが、それをあまり感じさせない。
  地味な麻の服を軽装に着こなした格好は、狩人か何かの印象だった。というより、実際にそうなのだろう。背中に弓矢を背負っているのだから。首にはメッキの剥がれた小さなロザリオを下げており、それが唯一全体の雰囲気から浮いていた。まぁ意外と信心深いのか、悪い趣味なのかのどちらかだろう。あまり気にするほどでもない。
  世捨て人の様な達観した雰囲気と、裏路地で這い蹲るチンピラの様な皮肉さを併せ持った、すこしチグハグな少年だった。
「貴方は……」
  誰? と口にしかけたところで、少年が遮る様に頭を振った。
「うわ、大ハズレかよ」
  こちらの顔を見て、心の底からの落胆を浮かべたその顔に、彼女は容赦なく傘の柄を叩き込んだ。

‡  ‡  ‡

 打撃音が耳の奥で破裂する。
  チカチカと、視界が明滅していた。鼻がへこんだ気がした。それに代わって、旋毛から何かが引っこ抜けた気がした。
  しばらくして、そのすべてが気のせいだったのだとリクセは気付いた。
  実のところ鼻血も出ていなかった。しかし、激しく痛かったことに変わりは無い。
―――いっ……きなり! なにするんだよ!?」
  顔を真っ赤にして怒鳴る。だが対する少女はどこ吹く風と無表情で、ぐっと傘を握りなおし、口を開いた。
「私は小さいころからずっと、まるでお人形さんみたいね。って言われてきたの」
「はぁ?」
  言葉の意味が理解できず、素っ頓狂な声で問い返す。
「他にも可愛いわね。とか、綺麗ね。愛らしいわね。とかの類義語を言われ続けてきたわ」
「……で?」
「ハズレとか言うなっ」
  びゅおっ、と風を切って再度、傘が振り下ろされた。が、今度は別に不意打ちでもなんでもなかったので普通に受け止める。
「ぐぬっ!?」
  呻き、慌てて傘を引こうとする少女に、彼はさせじと傘を握りこんだ。ビクともしない傘に、少女は唸ってさらに力を込めてくるが、やはり動かず。
  結果として出来上がった膠着状態の中で、リクセは改めて目前の少女の顔を眺めた。そして、なるほどと納得する。
  確かに少女は綺麗な顔立ちをしていた。可愛いとか、愛らしいとかでもいい。場合によっては、お人形なんていう比喩もありだろう。
  腰まで届く軽くウェーブのかかった金髪は、透けるような繊細さで、手を伸ばせば水のように救えそうだと感じた。肌も真っ白で、唯一淡い輝きを放つ瞳は、吹き抜ける空の青だ。決して海の深みではない。
  小さくて、華奢で、その全てがまるで氷細工のように透明だった。
  ただ胸部の膨らみも前述のイメージそのまんまであったが、それが良い事なのか悪い事なのか、それともどうでもいい事なのかは人によるだろう。
  未だに傘を引いたり押したりして頑張っていた少女はふと、気が付いたように空を振り仰いだ。呆けたような表情で、
「……あれ、雷は? あれ? 何か周りの様子が」
「遅いよ」
  今頃になってようやく異変に気付いたらしい少女に、思わずため息が漏れた。脳みそは雪で出来ているのかもしれない。
  当惑顔でキョロキョロと周りを見回す彼女の姿に、もう大丈夫だろうと傘を手放す。
「なに? いったいどういう事……?」
  案の定、傘を抱えてしきりに疑問を繰り返すのみで、先ほどまでのやり取りなど忘れているようだった。ニワトリのような娘だ。
「えっと、とりあえず落ち着いて欲しいんだけど」
「確か夕方ぐらいのはずだったのに、昼間だし……。朝帰り? これは朝帰り?」
「あ〜……いや、聞いてる?」
「マズイ、凄くマズイわ……。ばぁやに入れ歯が外れるほど叱られる!」
「……正座」
  瞬間、バネ仕掛けの人形のような素早さで、少女は服が汚れるのもお構いなしに地面に正座していた。
「……え? あれ?」
  彼女自身、なぜ自分が正座しているのか全くわかっていないのだろう。空色の瞳が、ますます混乱に深まっていた。
  その少女の目線に合わせるように、リクセもしゃがみ込む。
「自分が今どういう状況なのか、知りたいんだろ? 説明するから聞いてほしい」
  まるで幼子に言い聞かせるような心持で、ゆっくりと言葉を連ねた。
  少女はまだ戸惑いの隠せない様子であったが、少し悩んでからゆっくりと頷いた。
  ひとまずの安堵に、息をつく。
  だが、本番はこれからだ。何せ、これから話す内容は彼女にとってとても信じがたく、突拍子も無い話なのだから。
「まず初めに言っておくと、ここは君の知っている世界じゃない」
「……へ?」
  やはりというかなんと言うか、少女の目が点になる。
  その目が点から『可哀相な人』を見る目付きに変わる前に、リクセはポケットから一つの宝石を取り出した。出ろ、と一言。
  彼の呼びかけに応じ宝石から淡い光が漏れる。
「君は宝石の中に閉じ込められていた。そしてさっき、僕が解放した」
  光は寄り集まって一匹のリスへと変化し、リクセの肩にちょこんと座り込む。その光景に少女が息を呑んだ。
「君が閉じ込められたのはずっと昔。ここは、君の生きていた時代から百年以上もたった、未来の世界だ」
  今度ばかりは少女も、驚きのあまり言葉を失ったようだった。

‡  ‡  ‡

 身もふたも無く言うと、クッカは少年の言っていることがまったく理解できないでいた。理解を拒否していた、といった方が近いかもしれないが。
  まぁ、理解していなかったのだから何か言葉を述べよう筈も無く、ひとまず彼の言葉と行動を頭の中で反芻させているうちに、宝石からリスが出てきた光景に改めて感動を覚えた時点で、彼女の中で不意に結論が出た。
  ゴソゴソとポケットをあさり、銀貨を一枚取り出す。
「はい、これ」
「ん?」
  ヒョイと差し出された銀貨を、少年は存外素直に受け取った。
  続けて、パチパチとおざなりな拍手もささげる。
「……何これ?」
「おひねり。旅芸人の人でしょ? 手品の」
「違う!」
  思いのほか盛大に怒鳴られ、少女は少したじろいだ。少年の肩に止まっていたリスも、驚きに駆け回り、右往左往した末に頭の上に移動する。
「あ〜もう、だから嫌なんだよ、人間を解放するのは! 説明するたびにいちいち疲れるし……変な目で見られるし……」
  実際に変な少年だとは思ったが、それは言わないでおいた。
「それじゃあ、あなたは誰なの。名前は?」
  先ほどから聞きそびれていたことを、ようやく口にする。少年のほうも失念していたらしい、あっと声を上げ、バツが悪そうに頭をかいた。
「……リクセ。僕はリクセ・ルクルスだ。君は?」
「クッカ」
  即答する。してから、少女―――クッカは奇妙な違和感を覚え、眉を寄せた。
  具体的にどうとは説明できないのだが、名を尋ね返された瞬間、自分の意思がどこかに飛んでいったように感じたのだ。
  もちろん普通に答える気ではいたのだが、そんな事はお構いなしに否応無く名を言わされたような、そんな感じが。そういえば、先ほど正座したときもそうだった。
  だが、それが一体どう言う事なのはわかるはずも無く、数秒ほど悩んだところで結局頭の隅に追いやる。
  代わりに別の疑問を述べた。
「それで、ここはどこだっけ?」
「未来の世界」
  これまた意思とは関係なく、鼻から笑いが漏れた。きっぱり言うと嘲笑が。
「もどれっ」
  激しく不機嫌な少年の声が聞こえた途端、目の前が真っ白な光に包まれ意識が途絶えた。

 そして気が付けばまた森の中に立っていた。だが先ほどとは違う場所らしい。
「……何今の?」
  目を瞬かせて呟く。
  意識を失っていたという自覚も無い。
  まるで、出来の悪い紙芝居を見せられているようだった。見せられているというより、実際に登場人物として体感しているわけだが。
「君を宝石の中に封じて、また解放しただけだよ。それよりも、後ろ」
  言われた瞬間、まるで彼女を誘うかのように、うなじを風が撫でた。惹きこまれるように後ろを振り向く。
  その先には、息を呑む光景が広がっていた。
「すごい……」
  それはどこまでも続く、別世界に?がっていそうなほど深い、大地の裂け目。 その傍らに、彼女は佇んでいた。
  もう数歩前に踏み出せば、鞠のように転げ落ちてしまう。しかし仮に落ちたとして、どれ程の時間をかければ底までたどり着くのだろう?
  その深さは、下手な山など軽く飲み込んでしまうのではないだろうか。
  対岸は遥か視界の向こう側。左右に伸びる亀裂に至っては、空と大地が会合してなお途切れる事無く続いていた。
「コラトリオとルオコール、二つの国を隔てる大峡谷だよ。君がいた時代には無かったものだろう?」
  すぐ横でリクセが尋ねてくる。しかし、クッカの耳には殆ど入らず、ただその光景に見入っていた。
  数分もたった頃だろうか、ようやくクッカは口を開いた。
「……どうすれば、こんなものが出来上がるの?」
「二人の王が作ったモノだって言われてる。お互いの決別と、不可侵の証として」
「人が? 無理よ、そんなの。神様でもない限り」
「神様なんだよ、この世界ではそいつらが。神に取って代わった、二人の王さ」
  言いながら、彼は胸のロザリオを握り締めた。その顔に、複雑な色が浮かぶ。諦めと、反発心が混ざり合ったような暗い色。最初に感じた、チグハグさ。
「あなたは信徒なの?」
  とてもそうは見えないけど。と、心の中で付け足す。
  彼は一瞬キョトンとしてから、苦笑を浮かべた。
「いや。信仰心は無いよ。神なんていないし、いる必要ないと思うし。けど、」
  そこで途切れた言葉に、クッカは首をかしげた。
  少年はしばし悩んだ末に、言葉を選ぶようにゆっくりと後を続けた。
「けど、旧世界では居もしない神を信じて、崇めていたんだろう?」
「ええっと……うん。そうね……」
  確かにそんな人は大勢いた。自分は違ったが。
「架空の神様に従って、あやふやな教義に従った正義や理屈を持って、誰もが生きていた世界。それって、凄く良いことだと思わない?」
「私はあんまり」
  即答した。
「そう? でも僕は多分、そんな世界に憧れてるんだと思う」
「何で?」
「だって、それって結局、誰もが誰にも支配されてないって事じゃないか」
「……あなたの言ってる意味、よく分からないわ」
  だろうね、とリクセが肩をすくめる。
  今の持論に、特にこだわりがある訳でもないのだろう。彼は、これで終わりというようにそっぽを向き、ポケットから宝石を二つ取り出した。
  淡く輝く、大粒のサファイアと、アメジスト。
「それって……?」
  ああ、と彼が振り向く。
「これ? このサファイアが、君が封じられてた宝石。もう一つは、すぐ側に落ちてたやつ」
「私の、見せて」
  自分が封じられていたのなら自分のものだろう。特にためらいも無く要求する。
  彼も素直に手渡してくれた。
  太陽にすかして、宝石を眺める。変哲も無い綺麗な宝石だ。
  しかし、正真正銘の本物。洒落や冗談で、たやすく用意できるものではないと思う。少なくとも、庶民にとっては。
  自分が封じられていたという宝石。消えた雷。先ほどの体験。そして目の前に広がる圧倒的な光景、大峡谷。
「貴方の言った話、本当なんだ」
「さっきからそう言ってるし」
  憮然とした声。
  おそらく本当なのだろう。信じなければならない理由を、たくさん提示されてしまった。実際に、信じかけてはいる。
  けれどそれとは別に、実感はまったくといって良いほど沸いてこなかった。
「ていうか私、これからどうすればいいの?」
「ん〜。取り敢えずもう一度宝石に封じて、それから……」
「え、また封じられるの?」
「うん。勝手に宝石開放してるってバレたらやばいし―――
  その言葉を皆まで聞かず、クッカは宝石を谷底に投げ捨てていた。
―――って、ちょ、ちょぉぉぉぉぉぉおおお!?」
  悲鳴を上げ、リクセが崖に駆け寄る。慌てて手を伸ばすが間に合うはずも無い。
  宝石は崖の側面を跳ねながら転がり落ちていき、
「あ、草に引っかかった」
  リクセの傍らにちょこんと座って、クッカが宝石の結末を述べた。
「なっっっ! 何てことするんだよいきなり!!」
「だって、また宝石の中に入るのなんて嫌だもの。よく覚えてないけど」
「嫌だからって普通投げ捨てる!? てかさっきからなんか微妙に自己中な発言多いし! どういう育てられ方したんだよ!」
「父と母と姉と大勢の召使い達に囲まれて、何不自由ない生活を送ってきたわ」
  きっぱりハッキリ答えたクッカに、リクセは金魚さながらに、口をパクパクとさせた。言葉が出てこないらしい。
「あ、カラスが」
  再度、宝石の方に目を向けたクッカが呟く。
「なに!?」
  リクセもそれに釣られて反射的に崖を覗き込んだ。
  確かにカラスだ。漆黒のカラスが一匹、草に引っかかった宝石を、覗き込むように見ていた。そういえば、カラスは光物が好きだという話をどこかで聞いたことがある。
  リクセの顔が蒼白に染まる。
「い、いや、ちょっと? ちょっとちょっとちょっとちょっ」
  カラスは案の定、宝石をパクリと嘴で銜え、飛び立っていった。
「ちょお待てぇぇぇぇええ!」
  即座に立ち上がり、必死で追いかけようとするリクセ。
  無駄だよと言いかけたクッカの言葉はしかし、背負いの弓を構えた彼の姿に途切れた。
「ままよ……!」
  矢を番い、弦を引く。それだけの動作。
  けど、その姿はまるで鉄芯が通ったように真っ直ぐで、刃のような鋭利さでもって彼女から音を切り取っていた。魅入らされていた。
  矢が消える。当然ながら、クッカには目で追えなかった。
  しかし次の瞬間、突如カラスが失速して落下するのは確認できた。
(当たった!)
  高揚が胸のうちを占める。それはカラスと一緒に自分まで射抜かれたかのような、純粋な感動だった。
  リクセも、その光景を確かめて小さくガッツポーズを上げる。しかし、
「え?」
  落ちていく途中で、カラスは光の粒へと姿を変え、彼方へと流れるように飛んでいった。
  それはまさしく、少年が宝石の中からリスを出したときと同じ―――いや、逆巻きにした光景。
「あれは……クリーチャー? 召喚騎士がこの近くに……」
  呟くが否や、リクセが走り出していた。
「あ、待って」
「お前はそこに待機!」
  クッカも彼を追おうとしたところにそう言われ、自分でも驚くほど素直に従っていた。
  立ち止まり呆然としていると、少年の背はすぐさま見えなくなる。
  少女はしばらくそのまま固まっていたが、何故だかどうすることも出来ず、仕方なくその場に腰を下ろした。
  徐々に、ふつふつと不満が沸き起こってくる。
「お前、とかいってきたし……。あの子、さっきから微妙に失礼な発言が多いわ」
  でも、と思う。それよりも、ずっと印象に残ったこと。
「弓は、凄かったなぁ」
  呟きは吐息へと変わった。そして、リクセという名前を思い出す。
  彼女はしばらく考えた後、こっちは仕返しに呼び捨てにしてやろうと心に決めた。

/02へ