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■ オリジナル小説
   / 宝石を砕く魔王

 ・序  章 01
 ・第一節 01//02//03
 ・第二節 01//02//03
 ・第三節 01//02
 ・第四節 01

 

 




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◇続く神話/別離

 しかし……やがて、二人の男女は対立するようになりました。
宝石を、相手に渡したくないと思うようになりました。
そして、二人は別の道を進みだしたのです。


第三節 堕ちる軌跡/少年 (1/2)


 少年―――いや少女、ルィロニアは、宝石から取り出したマントを大仰に羽織り、まっすぐにこちらを見つめてきた。
「ご存知でしょうが、支配は血によって遺伝します。そしてそれは、支配権もまた同じ。といっても、支配力は落ちますけどね。風もせいぜい強風を起こす事と……圧縮して叩きつけるぐらいでしょうか」
  ルィロニアが、悪戯を仕掛けた子供のようにクスクスと笑う。
  あの衝撃の謎が解けた。嬉しくも無かったが。
「いや、すみません。アレは……ちょっと仕返しをね。したかっただけなんですよ。ほら、矢で撃ち落された事の。死にはしませんでしたけど、結構痛かったもので。まぁとにかく、わたしにも弱いながら支配する力があります。なのに、貴方は『一緒に食事をしましょう』というわたしの言葉をアサリと断った。ビックリですよね」
  そういう事か。歯噛みして、リクセは納得した。まんまと、嵌められた訳だ。
  相手が単なる騎士ならば問題は無かったのだ。人々が騎士に従うのは、王に『騎士の言葉に従え』と命令されているからだ。
  つまりそれは間接的な支配であり、相手が騎士だと認識していなければ、人々は命令を受ける事は無い。リクセが断っても、不思議は無かった。
  逆に知らされていれば、リクセは疑われないように従っていただろう。ずっとそうやって、生きてきたのだから。
  しかし、まさか王の一人娘とは。さすがに予想できなかった。
  けれど、分からないことが一つ。
「聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「そもそも、何で僕を疑ったの?」
  ああ、それなら。とルィロニアが頷く。
「えっと……トリアさん、でしたっけ? 彼女に聞きました。盗み聞きしたらしいですよ」
  ああ、そうか……。先ほどまでとは質の違う後悔が、胸を占めた。
  彼女は、一体、どんな顔をして、その事を話したのだろう? 想像で浮かんだのは、一番想像が付かないはずの、表情だった。
「ちくしょう……。終わりかぁ……。もう」
「そうですね。貴方のような人間の存在を、王は許しはしないでしょう。どうします?」
「決まってる」
  終わりならば、仕方が無いだろう。仕方ないで済ませよう。もともと、いつかは終わらせる予定だった。危機ならば、乗りきればいい。
  ゆっくりと、ポーチから一つ、宝石を取り出す。
「終わらせて、進むさ。僕の目的に」
「そうですか。では、後は任せました、ギドさん」
「あいよー」
  異臭が、鼻を突いた。
  背後からの声に、振り向く暇も無い。猛烈な熱波を背中に中に感じた。即座に、横の路地に飛び込む。
  炎が、通り全体を覆い尽くした。ルィロニアの周りだけを除いて。
「相変わらず無茶苦茶な……!」
  複雑に入り組んだ路地裏を、右に左に駆け抜ける。
  町からは、何時の間にか人の姿が消えていた。他人を巻き込む心配はなさそうだが、こんな空間の限定された場所では、あまりに分が悪すぎる。町中では戦えない。
  それにしても、あの炎は一体なんなのか。火力が尋常ではない。
  宝石にどれほどの炎が入っていようが、ああも何度も連発できるものではないはずだ。一度使えば、燃え尽きて終わる。
  なのに、あれだ。とにかく、厄介な代物だった。
  けれど、それよりも、そんなことよりも、問題は、
「人を、殺せるのかな……。僕は」
  当たり前だが。そんな経験は彼には無かった。

 町の北には、南側とは打って変わって平原が広がっていた。
  まるで、人為的に森が切り取られたかのようだったが、まさしくそうなのだろう。あの森だって、王が宝石から解放したもの。この世界は、王の都合よく作られているのだから。
「んーで、逃げまわんのは終わりなんかーね?」
「別に。ここに来たかっただけだし」
  答え、振り向く。
  対峙するのは、少しアウトローじみた、短髪逆毛の少年。歳は、リクセよりも二つ三つ上だろうか。その身体の周りで、時折パチッ、パチッと小さな火花がなっていた。
(鬼蛍……?)
  よく見れば、それは小さな虫だった。鬼蛍と呼ばれる、火花を発する虫。それが三匹ほどだろうか、彼の周りを飛んでいる。
  しかしもちろん、あんな炎を起こすような虫ではないはずだ。
「あーそう? まぁ、オレも有利不利考慮しても、こーゆうとこの方がいいわなー。町の人に迷惑かかるし。燃え移らないように、神経使わなくてすむから」
「割りと、常識的なんだね。いい人だ」
「おおーう、何か失礼なこと言った? 褒めてないな?」
  いっそ、分かりやすい嫌な奴なら良かったのに、と思った。その方が、踏ん切りが掴みやすい。
「それでだ。今からでも、止めね? 大人しく拘束されるなら、殺されずにすむかもよ? 一生監視下に置かれるぐらいで」
  本当に、やりにくかった。
「悪いけど、遠慮する。そろそろ、限界も感じてたし……」
「限界ってーと、何が?」
「こんな世界で生き続けることが」
  手に持っていた宝石を、解放する。出てきたのは、狩猟用ではなく、戦闘用の強弓。
  その一端には、少々不釣合いな鎖の装飾で、小さな宝石が三つぶら下がっていた。その部分は、リクセが自分で付け加えたものだ。
  そういえば、生まれて初めて解放した宝石が、この弓と、その持ち主の死体だった。その後狩人としての生活を選ぶのにも、影響を与えていたかもしれない。忘れたが。
「そーかい。真剣勝負とか正直遠慮してーんだけど。死ぬかもしんねーし。けど……まぁ、仕方ねーか」
  少年―――ギドと言ったか―――の目が変わる。それが、始まりだった。
「初弾!」
  リクセの叫びに、弓に備え付けられた宝石の一つが輝き、右手の内に矢を形成する。
「阻め、土繰り!」
  そしてギドもまた、宝石の一つを解放していた。
  矢を番い、放つ。しかし、それは宝石から現れた土の壁に阻まれた。
  土壁はそこからさらに、ぐにゃりと形を変え、脚の無い歪な泥人形を形成する。
  土繰り―――泥の様な小さな生物が寄り集まって連結し、一固体として活動している群体生物だ。様々な形に姿を変え、また生命力も高い厄介なクリーチャーだった。そして、熱にも強い。
  案の定、土繰りの存在もお構いなしに、その背後から、異臭と共にものすごい勢いで炎が迫ってくる。
  舌打ちと共に、矢に帰還を命じ、飛びのいて炎から逃れる。
「なーるほど。破損しない限り、矢は無限に使えるわけだ。考えてんなー、厄介だ」
  呟きながら、ギドがまた一つ宝石を取り出して解放する。鬼蛍だ。彼の周りを飛び回る鬼蛍は変わらず三匹。つまり、一匹減っている。
「そんな馬鹿げた炎使う奴が、言う言葉かよ……!」
  毒づきと共に、再度矢を放つ。しかし、先ほどと同じように土繰りにとめられ、しかも今度は宝石に戻す前にへし折られた。
「くそ……。迂闊に矢も打てない……か」
  呟きの裏で、思考をめぐらせる。
(土繰りはあくまで防壁だな。攻撃はやはりあのデタラメな炎……。近づかない事には、どうにもなんないな……)
  とはいえ、それが難しいのだが。数で押すか? この間と違って、手札はそれなりにある。しかし、一度に複数のクリーチャーを扱うことに、リクセは慣れていない。炎で、まとめて焼き払われる危険性もあった。
  向こうから近づいてきてくれれば、それが一番楽なのだが。
(なんにせよ、問題は炎だ……)
  直前の異臭と一匹減った鬼蛍。おそらくだが、炎の正体は掴めて来た。しかし、対抗策があるかどうかと聞かれれば、難しい。
  また、異臭。
「伝え、焔尾」
  ギドから少し離れた場所で鬼蛍が火花を鳴らした。そこからまさに、尻尾に火をつけられたかのように、爆発的に膨れた炎がこちらに走ってくる。
「くっ……」
  事前に知る術があるため、避けるのはそう難しくは無いが、いつまでもと言うわけにはいかないだろう。
  ふと、鬼蛍の一匹がこちらまで飛んできているのを見つけた。
  異臭は無い。そもそも、性質上こちらまで飛んでくる意味はあまり―――そこまで思ってから、ハッと気付く。
(ヤバイ!)
  パチッと火花が散った。鼓膜を貫く爆音。とっさに伏せた身体が、爆風と熱波に打ちのめされる。
「が……はぁ……!」
(密度を高めて……爆発を……やられた!)
  深刻な怪我は、無い。けれどそれでも、すぐに身体は動けなかった。
「わりぃけど、じゃーな」
  震える身体を、何とか起こす。
  炎が―――目前に―――死ぬ―――宝石を―――

 炎が、駆け抜ける。
  リクセがいた場所には、黒く炭化した死体だけが残っていた。

‡  ‡  ‡

「……遅い」
  部屋の中で一人ベッドに腰を下ろし、クッカは呟いた。シャスティはいまだ床で寝入っていて、起きる気配は無い。
「おなか減った……」
  ポフンと、倒れるようにベッドに横になる。何度目か知れないが、また腹の虫が悲鳴を上げた。
―――コンコン
  静かなノックが響いた。リクセかとも思ったが、彼がわざわざノックをするだろうか。
  こういう事にはさすがに敏感なのだろう、シャスティがゆっくりと身を起こした。問うようなまなざしに、ゆっくりと首を振る。
「居るんでしょ? 開けて」
  声は昨日の、トリアとか言う少女のものだった。どうしたものかと首を捻る。
「開けてくれないならいいわ。合鍵持ってるし」
「申し訳ありませんが、私は身を隠します」
  囁くように言って、シャスティは扉と反対側の窓から飛び出していった。そういえば、彼はトリアには姿を見られていない。ここに居ては、また話がややこしくなるだろう。
  カチャリと音がして、扉が開かれた。俯き加減のまま、トリアが入ってくる。
「えっと……リクセなら、居ないけど?」
「知ってるわよ」
  クッカは首を傾げた。どこでどう知ったのだろうか? そして、知っているなら何故わざわざここに来たのだろう?
「アンタと話したかっただけよ」
  クッカの疑問を見透かしたように、トリアは言った。
  そこで初めて、彼女が顔を上げる。目蓋が、真っ赤にはれ上がっていた。まるで、一晩中泣き明かしたかのように。

‡  ‡  ‡

「ああ、出てきたな」
  窓から出た瞬間かけられた声に、シャスティはギョッと振り返った。
  細い裏通りの向こう、壁にもたれて、ひどい女顔の男が佇んでいた。コラトリオの、騎士だ。
「やっぱ自分から出てきてもらうのが一番。面倒がなくていい。立て篭もられると、まぁそれなりに厄介だしな」
「何故ここが……いや、そうか。あの少女か」
「そういうこと」
  あらかじめ召喚しておいたのだろう。通りの向こうから猿鬼が一体姿をあらわした。反対側の通りにも一体。つまり、挟み込まれた。
「後の二人はどうした?」
「ハズレ者の少年の方に。こっちは私一人さ」
  警戒に構えながら、思考をめぐらせる。
  コラトリオの騎士たちは、クッカについては重要視していないらしい。
  素性をまだ知らないのだから、当然と言えば当然だろう。リクセが勝手に解放した、たんなる少女、と言うのが彼らの認識か。
  ならば、自分がここから敵を引き付けて離れるのが、一番彼女の安全につながるだろう。
「しかし、俺に一人か。ナメられたもんだな、おい」
  銀細工を一つ取り出す。やる事は決まった。後は、行動だ。
「かかれ、ハヌムン!」
「出ろ、大蜘蛛!」
  男の叫びに、シャスティもまた宝石を解放する。
  現れた大蜘蛛は、迫り来る猿鬼に対して牽制するように糸を吐き、通りを遮ると、さらに今度は隣の家屋の屋根に向かって糸を向けた。
  その糸を足がかりにシャスティは屋根に上り、大蜘蛛に帰還を命じた。
「逃がすな、追え!」
  それを追って、猿鬼たちも長い腕を利用して屋根に上ってくる。
  隣接した屋根を伝い逃げるが、寄生根で操っている右足では、速くは走れない。
  猿鬼たちはすぐさまシャスティに追いつき、追い詰めた。背後にはもう続く屋根が無く、正面には猿鬼が二体。その豪腕が振るわれた。
  捻ったシャスティの身体を掠めて、その拳が屋根に叩きつけられる。
  続き、もう一体が薙いだ腕を、シャスティは仰向けに倒れこむようにしてかわした。もちろん、後ろに受け止めてくれる屋根は無い。
  ゆっくりと落下していく中で、シャスティは新たな銀細工を取り出し、解放した。
  召喚された山猫は、彼より先に地面に降り立つと、その背で落下してくるシャスティを柔らかく受け止める。
  その背からごろりと横に転がって地面に降り、シャスティはまた走りだした。平行して山猫も付いてくる。さらにその後ろからは、やはり飛び降りてきた猿鬼が二体。
  角を曲がる。その目前に、町を囲む外壁が立ちふさがっていた。
「レニアス!」
  壁を山猫が駆け上り、又尾の片方を天辺に引っ掛けてぶら下がる。シャスティはそこから下げられたもう一本の尾を掴み、引き上げられる力に乗って外壁を乗り越えた。
  その先には、森が広がっている。確か、町の西側に走ってきたはずだった。
「さて……。ひとまずの難関は突破したか」
「町の外に出れば大丈夫だと? それは流石に楽観的すぎやしないかねぇ」
  シャスティに少し遅れて、男もまた壁を乗り越えてきた。その左右には付き従うように、二体の猿鬼。
「そうか?」
「そうだとも」
  男が鷹揚に頷く。
「いやまぁ良いんだがね。……そうだな、確かに良い。ここでなら、気の済むまで、盛大に、見せ付けられるな。邪魔なギドも居ないことだし」
「何を?」
  今一要領を得ない男の言葉に、眉をしかめて問い返す。男は粘りつくような笑みを浮かべ、一つの銀細工を取り出してからこう述べた。
「アパンダイ家の薔薇園」
  途端だった。
  周りの地面突き破るような勢いで、何本もの―――それこそ無数の植物の蔦、茨が生え出してきた。
  生える。生え続ける。まだ止まらない。それこそ森を覆いつくすかと思うほど、無限に生えてくる。
「見ているか? 見ているよな? 旧世界で我が家が誇った薔薇園だ! これを見せたかった!」
  男の口証に、哄笑が重なった。男は狂ったように笑い、薔薇は狂ったように生え続ける。
「これはまた……」
  その圧倒的な光景に、流石に言葉を失う。
「凄いだろう、自慢なんだ! 何せ大陸一だった!」
  確かにこの薔薇たちも凄かったが―――男の豹変の仕方も相当なものだった。
  おもちゃを前にした子供のように目を輝かせ、イカレた道化のように笑い声を上げ、周りの見えていない煽動家のように両手を広げて。
  まるで世界の中心は自分だと言わんばかりの、奇怪さだった。
「しかもこの自慢の薔薇園を! 自在に操れる!」
  まるで意志を持っているかのように、茨の蔦が一斉にシャスティへと伸びてくる。
「こりゃ、なかなか怖いな……」
  唯でさえ、こちらは動きが制限されていると言うのに。また一つ宝石を解放する。クリーチャーではなく、やや大降りのナイフ。
  迫りくる茨をナイフで切り払いながら、どうにかこうにか立ち回るが、そう長くは持たないだろう。もともと剣術などの心得はないのだ。
  レニアスも猿鬼二体を相手に奮闘していたが、流石に分が悪そうだった。
  ナイフを掻い潜った一本が、右腕に撒きついてくる。さらに両足にも。
「はははは! 逃れられるものじゃない、どれだけの量の薔薇があると思ってるんだい!? 二万平方の敷地いっぱいに植えられていた薔薇なんだ! ギドに燃やされるのが嫌で、今まで少ししか出せなかったけどね!」
  身動きの取れなくなったシャスティを取り囲むように、薔薇達が蠢く。まさに袋のネズミといった有様だ。
  しかし、
「……戻れ、レニアス」
  静かに、シャスティは帰還を命じた。その事に、男が僅かに表情を崩す。
「もう諦めたのかい? なんだい、なんだい、存外ヤワじゃないか」
「まさか」
  その言葉に、シャスティは笑って返した。
「俺も見せてやろうと思っただけさ。あの炎使いも、本当に居ないみたいだしな」
「何を?」
  奇しくも、先ほどと逆のやり取りとなった。左手の指輪をかざす。正確には、指輪に埋め込まれたルビーの宝石を。
「出ろ。ヴィノス山の溶岩」
  言葉に、大地が赤く染まった。

‡  ‡  ‡

「……話って?」
  トリアの表情を怪訝に思いつつ、クッカは問いかけた。
「取り敢えず一発殴らせて」
「嫌」
  迷わず答えた。殴られると痛いし。痛いのは嫌だし。当然だろう。
「なんでよ!」
  けれど、トリアはそんな当然の発言に怒りを湛えて、こちらの胸倉を掴んできた。その剣幕と行動に、さすがに少したじろぐ。
「な、何でって……」
「あんたが居なければ、アタシはあんなこと知らずにすんだのに! 殴らせてくれたっていいじゃない!」
  訳が分からなかった。何故彼女が怒っているのか。何故自分が責められているのか。ただ形の無い不満だけが浮かんできて、それを言葉にしようとして―――止める。
  トリアが、泣いていた。
「あんたが居なければ! リクセは殺されずにすんだのに……!」
「え?」
  その言葉の意味を問おうとして、家の裏手から激しい物音が聞こえてきた。
「なに?」
「もう一人の男が襲われたんでしょ。騎士に。多分今頃、リクセも襲われてる……」
「どういうこと? 何で……」
  ばれたの? そう言おうとして、気付く。
「アタシが言ったわよ! 言うしかないじゃない! 知っちゃったんだから!」
  ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、トリアが泣きながら喚く。クッカは、何も言えなかった。
  彼女が、どれほどリクセのことを大切に思っていたのか、クッカにだってある程度は判る。それこそ、親や兄弟と同じように、あるいはそれ以上に思っていたのかもしれない。けれどそれでも、話してしまったと言うのだろうか?
  今のように、泣きながら。
  王に支配された世界。支配された人々。薄々感じてはいたが、今はっきりと確信した。この世界はおかしい。
「何でよ! 何であんたはここに居るのよ! 何でリクセは宝石なんて集めてたの!? 普通に、生活してれば良かったじゃない!」
  トリアの手が離れる。
  ぐしゃぐしゃになった顔を覆って、子供のようにしゃがみ込んで、嗚咽をこぼす。
「こんな事、望んでないのに……なんでよ……」
「……リクセは、どこに居るの?」
「知らない……」
「じゃあ、探しに行くわ。貴方は……?」
「アタシは、行けない……。戦闘が始まったら、屋外に出るなって、命じられてる……。もう、リクセにはもう会えない……」
「そう……」
  そう言うからには、本当に無理なのだろう。なら、自分だけで行こう。そして叶うならば―――ここに連れ帰ってこよう。このまま終わるのは、彼女にはあまりにも残酷すぎる。
  外に出て、一度だけクッカは振り返った。
「リクセが宝石を集めてた理由、分かるわ。だって貴方が、そこから出れずに泣いてるんだもの」
  トリアは何も答えなかった。もとより、返事が必要な言葉でもない。
  見当も無く、クッカはリクセを探して走り出した。


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