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■二次創作小説
 /魔法少女リリカルなのは
  / 海鳴市での
      奇抜な休日シリーズ

  ・ツンぎつ!
     01//02//03

 

 




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 ツンぎつ!(3/3)


 やる気のない店員の挨拶を聞き流しながら、哲人はコンビニの奥へと歩いていった。
  いつもならまず適当に食玩売り場のスペースを冷やかした後に立ち読みという流れなのだが、流石に勤務中にそれは不味い。そそくさと、目的の缶コーヒー売り場へと向った。
「あれ〜? まいったな、若菜さんの言ってたやつ無いぞ……」
  特にこだわりのない自分の分は適当に銘柄も見ずに決めたのだが、肝心の口うるさい先輩に頼まれたものが見あたらなかった。あの理不尽な男のことである、店になかったといっても聞く耳持たないであろう。おそらく、罵倒と一緒に手か足か頭が飛んでくる。とはいえ、今から別の店に行っても、今度は買ってくるのが遅いと言って手か足か頭が飛んでくるだろう。
「あー、もういいや。適当で」
  言葉通り、ちょうど正面にあった缶コーヒーを取ってレジに向かう。
  店員は、彼の格好のためだろう、どこかぎこちなく接客をこなしていた。別に悪いことをしていないのなら、こちらからは何もしないというのに。まったく、つくづく損な職業だと嘆息する。こないだ友人に誘われた合コンでも、自分の職業を話したら、女の子から駐禁がどうのこうのと散々文句を言われたものだ。知るかそんなこと。
「あの……お釣りを……」
「え? ああ、すいません」
  店員の声に、ハッと振り向く。いけない、考え事にのめり込んでしまうのは、自分の悪いクセだ。
  釣り銭を受け取り、さっさと店を出る。右に曲がって住宅街を二ブロックほど進むと、程なく白バイにもたれかかって不機嫌そうにタバコを吹かしている白バイ隊員が見えた。
  ちょうど通りかかってきた幌付きの軽トラをやり過ごし、道を渡って駆け寄る。
「スンマセン。若菜さんの言ってた銘柄のコーヒー無かったっすよ」
「あん? だーろうなぁ、北海道にしか売ってねぇやつだから」
「うわっ」
  予想していた理不尽さの斜め上を行かれた。
「やめてくださいよ、そう言う意味不明な嫌がらせすんの」
「ナマ言ってンな、クズ」
  さっさとよこせ、と差し出された手に、缶コーヒーを差し出す。
「あとそのあだ名も。普通に虐めですってそれ。葛原ですよ、クズハラ」
「うるせぇよ、俺あテメェの兄貴にもそれで通してたんだからな」
「昔の相棒をクズ呼ばわりってどうなんすかそれ」
「しらん」
  取り付く島もない。結局諦めて、哲人は自身の缶コーヒーのタブに指を掛けた。気の抜ける音と共に蓋を開け、一口、口に含む。
「てか、俺ら何でこんなとこ居んすか。ここ住宅街ですよ」
「こないだ言ってたろ。自転車で暴走してた奴らつかまえんだよ」
「げっ、マジッすか。冗談でしょ?」
「俺は冗談で人は殴っても、仕事で冗談は言わねぇ」
「それ、格好いいこと言ってるようで人として最低ですよねぐがっ」
  殴られた。
「うう……でも、ホントに居るんすかそんなの? 有り得ないでしょ自転車で100キロオーバーとか―――

―――バビュン!

 なにか。
  黒い風のようなものが通り過ぎた。遅れて巻き起こった本物の突風が哲人の顔と髪を無茶苦茶にかき乱す。
「現れやがったぁぁああ!!」
  飲みかけの缶コーヒーを投げ捨て、颯爽と若菜がバイクに跨った。
「あ、ポイ捨て」
「何やってる、追うぞさっさとしやがれ!」
  言い捨てるや否や、若菜は直ぐさまエンジンを噴かせて走り出していく。
「あの人ホントに警官かなぁ……」
  仕方なく残っていたコーヒーを一気に飲み干し、ついでに若菜の捨てていった缶を拾ってから、哲人もバイクに跨った。メットを被り、スロットルを開けて先を行く白バイを追いかける。
  途中、道ばたに置かれていたゴミ箱を見つけ、空き缶を放り投げた。高速で走っているバイクから投げてゴミ箱に入れるなど至難の業だろうが、空き缶は二つともアッサリとゴミ箱の口に飲み込まれていった。
「うし。さっすが俺」
『おい見ろクズ! 奴ら速度超過の上に二ケツしてやがる!!』
  程なく若菜に追いついた哲人の耳に、インカムからけたたましい叫びが聞こえた。
「二ケツって……あれ動物じゃないっすか。しかも何か肩に乗っかってるし」
『うるせぇ! 人間のだろうが動物のだろうがケツは同じケツだろうが! んでチャリの上にケツが二つ乗っかってりゃそれが二ケツだ!! 二ケツは悪だ!! 俺と妹の敵だ!!』
「あー、そういや妹さん二ケツした高校生追っかけてミニパト大破させたんですっけ」
『そうだ! そのせいで机仕事に回されたらしい、不憫な。それぐらい大目に見やがれってんだクソ署長め!!』
「いや、仕方ないんじゃないっすかそれ。つーかシスコンも大概にしてくださいよ」
『黙れ殺すぞてめぇ!! 夜中にこっそりブレーキオイル抜いてやる!!』
「うわ、すげぇリアルな脅し」
『嫌なら気合い入れろ! 速度計測出たぞ、時速72キロ。40キロ制限の道で32キロオーバーだ! ククク、免停もんだぜぇぇえええ!!』
「いやぁ、免許持ってないでしょあれ。子供ですよ」
『突ッ貫んんんん!!!!』
  聞いてやしねえ。
「……でも、ま。職務はちゃんと果たしますか」
  獲物を追い詰めるべく。
  牙をむいて、二匹の白狼は唸りを上げた。

「見えた!」
  視界の遙か先に、指先ほどのトラックの姿を捕らえ、クロノは小さく叫んだ。ペダルを踏み込み、さらに速度を上げる。
  しかし、後から聞こえてきたサイレンの音に、クロノは振り替えらざるをえなかった。
「白バイ!? 何でこんな住宅街にいるんだ!」
  運命を呪うように、苦々しく呻く。
  このまま走らせていけばじきに追いつけるというのに。流石に直線ではバイクに勝てるはずもない。どうするか、いや、迷っている暇はない。
「くそ!」
  小さく毒づくと、クロノは直ぐさま角を曲がり、住宅街の中でも特に入り組んでいる路地へと入った。遠心力に振り回され、肩にしがみついていた久遠が悲鳴を上げる。
  一先ず白バイを振り切らないことにはどうにもならないだろう。
  トラックの行方ならある程度は予測できるが、栄えある管理局執務官が管理外の辺境世界で現地警察に補導されました、とか正直洒落にならない。いや、ほんとマジで。
『はいそこの自転車ー、止まりなさい』
  背後から拡声器を用いた警告の言葉が掛けられたが、むろんそれに従うわけにはいかない。
  構わずスピードを上げると、その警告の言葉が徐々に変化していった。
『止まりなさいそこの爆走自転車ー。おい、クソチャリー……止まれやボケ自転車ぁああ!! 止まれっつってんだろ聞けやオイその青いケツに極太ホイールぶち込むぞクソガキ!!』
『若菜さんー。その台詞近隣住民にまる聞こえっすよー』
『きーこーえてますかー? コトバワカリマスカー? ああオイ返事しろっつのテメェ外人か半島人か! ええーおい逃げんのかそーですかはいそーですね、いいぜ上等だむしろそれを待ってたっつの合法的にとことんテメェを追い詰めてやっからなぁおい逃げる奴ぁ犯罪者だ逃げねぇ奴ぁクソつまんねぇ犯罪者だ逃げる奴こそ俺の愛すべき生き甲斐だっつーわけでドSの俺としては愛の形としてテメェのケツ狙ってとにかくぶっ込みまくって奥歯ガタガタゆわしたらあああはぁぁああはぁははははははは!!!!!』
『やっぱ聞いてねー。えーあー……お騒がせしております近隣の皆様。我々海鳴署交通機動隊はただいま公務の最中でございます。決して騒音暴走行為及び未成年略取誘拐、強姦などの犯罪に及んでいるわけではありませんのでご了承ください。また若干一名、若菜兵八巡査が非常に見苦しい発言をしておりますが、それはあくまで若菜巡査個人の言葉であり、私を含め海鳴署員一同の総意でないということを深く、深くご理解いただけますようお願いいたします。勿論、若菜巡査個人に対する抗議は署の方で受け付けておりますので、そう言ったご連絡が有れば海鳴署署長が責任を持って、若菜巡査に正当な判断に基づいた処分を下させていただきます。しかしなにぶん巡査のこれまでの図抜けた検挙歴等を考えますと、単なる暴言程度では謹慎処分以上の厳罰は下せず、我々としても大変心苦しい思いをしております。ですのでもし、若菜巡査の傷害、恐喝、強盗、放火、殺人、無差別破壊テロなどの犯罪行為を見かけましたら、是非とも署の方にご連絡ください。受付はフリーダイヤル0120-○×○×-□□□□『そろそろ本気で若菜さんのお別れ会とかしたいよね係』まで。24時間いつでも対応いたしております。市民の皆様、どうか御協力をお願い申し上げます。署員一同心待ちにいたしております』
「な……何なんだこの国の警察組織は!」
  愕然と、クロノは顔を強張らせた。
  これがこの国の法を守る人間だというのだろうか。職業柄これまで様々な人間と出会い、犯罪組織の人間とも幾度となく接してきた彼だが、これほど口汚い人間は初めてだった。しかもそれが、自分と同種の職業である警官から聞かされるとは。それにもう一人の男も何だ、あのとことんやる気無さそうな感じは。自分が警官だという自覚はあるのか! 誇りは!
「こんな人間に、捕まってたまるか……!」
  車体を傾け、後輪のブレーキだけを握り込む。後輪がスリップを起こして、前輪を軸に車体が急激に回転する。
―――キュキュキュキュゥゥウウウ!
  暴れる車体を体重移動で繊細に制御しながら、クロノは道とも呼べぬ横幅僅か50センチほどの塀と塀の隙間に滑り込ませた。
「ちぃ! 回り込むぞクズ! おまえが左で俺が右!」
「あ、うぃ〜す」
  流石にこの狭さではバイクは通れないようで、後からそんなやり取りが聞こえた。手に入れた一時の猶予で、クロノは頭の中に詳細な立体地図を構築する。普通に走っていたのでは、自転車でバイクから逃げられる可能性など万に一つもない。何か打開策が必要だ。自転車でしか通れない道。視界が遮られる場所。振り切れるポイント。どこか、どこかにないか。
  塀の隙間を抜け、クロノは迷わず左に曲がった。先ほど後で聞こえた叫びから判断してのことだった。あのヤクザだかマフィアだかと見間違うかのような男よりは、もう一人のやる気無さそうな男の方がまだ相手にしやすいだろう。と、思ったのだが。
「ふはははは、かかったな小僧ぉぉお!!」
  三叉路を横切ろうとしたところで、横からバイクが飛んできた。いや、突っ込んできた。
「なぁあ!?」
  悲鳴を上げ、竦みそうになる身体を無理矢理押さえ込み、ペダルを漕ぐ足によりいっそうの力を込める。間一髪、自転車はバイクの前輪が届く寸前に、その前をすり抜けていた。
「いい反応と度胸だな小僧!」
  アスファルトにタイヤの跡を擦り付けながらターンをかまし、楽しそうに言い放つ男。いや、洒落にならない。今のは洒落にならない。
「こ、殺す気かッ」
  背筋の震えと共に振り返る―――勿論、自転車のスピードは緩めずにだ。止まったら殺られる―――と、人格破綻男だけでなく、クズと呼ばれていた若い警官も後についてこちらを追いかけてきていた。
「ククク、俺が右に行くと言えば大抵の奴は左を選ぶからな! 何故だか知らんが」
「いやぁ、人として当然ッすよ若菜さん」 
「俺が警視庁に出向していた時のことだ! 10人ぐらいでエレベータ待ちしていたときに二つ同時にエレベーターが開いたから俺は左に乗った! そしたら他九人は右に乗った!! 何故だ!?」
「人として当然ッすよ若菜さん」
  取りあえず後半のやり取りは無視して、なるほどと納得する。どうやらまんまと誘導されてしまったらしい。ぶっ飛んだ言動とは裏腹に、頭はそれなりに回るらしい―――と考え掛けてやっぱりすぐ否定した。向こうはバイクでこちらは自転車、もとより機動力で勝っているのだから優先すべきは相手を見失わないことだ。例えどれだけ確率が高かろうが、不確かな二択を選択するべきではない。多分、よく考えずその場のノリと勢いと本能でやってるに過ぎないのだろう。……逆に恐ろしい。
「まあいい! クズ! ハラ!! ジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!!」
「いや、名前二つに別けても俺一人ッすから。人数たんないっすよ若菜さん」
「何故分身出来ない!?」
「人として当然ッすよ若菜さん」
「質量を持った残像とかならどうだ!?」
「覚醒値が足んないっす」
「ちっ。所詮なり損ないか」
「自分、アースノイドッすから」
  そんな訳の分からないやり取りを交わしつつも、二人の警官はどんどんこちらを追い詰めてくる。そして、瞬く間にクロノを挟み込むように並ばれてしまった。
「逃げられると思うなよ、小僧!」
「早めに諦めた方がいいよ、少年。トラウマになるから」
「フゥゥウウウ!!」
  クロノの代わりに、肩に乗っていた久遠が二人を威嚇する。
「抵抗の意思を確認! これより楽しい実力行使の時間だ!!」
  グンと、ぶつける勢いで若菜が車体をこちらに寄せてきた。
  咄嗟にブレーキを握り込み前へやり過ごすが、同じタイミングで減速をしていた若い方の警官がさらに追撃してくる。
「はい残念」
「クッ!!」
  ふざけたやり取りとは裏腹に、息のあったコンビネーションだ。これ以上減速は出来ず、かといって前はもう一人の白バイで塞がれている。横に逃げようとするが、一瞬反応が遅れた。このままでは、伸ばされた手に捕まる―――!?
「ギャゥウ!!」
  させじと、久遠が吠えた。クロノが止めるまもなく、雷光が白バイ隊員の目の前で弾ける。
「うおあ!?」
「ッ―――馬鹿!」
  叫ぶが、今更言ったところでもう遅い。
  電撃に驚いて男がヨロついている隙に、クロノは横道へと曲がった。
「何で力を使った!」
「クウゥ!」
  怒鳴るクロノに、久遠は抗議するように唸った。
  その言葉が理解できるわけでは無いが、言いたいことは分かる。しかしそれでも、安易にそれに頷くことは出来ない。
「君と那美さんにどういったことがあったのかは知らないがな……それでも分かることはある。那美さんは、君と一緒にいるために頑張って、努力してきたんじゃないのか? 今の行いは、それを不意にすることにはならないのか?」
「ッ……」
「何があってもその力を使うなとは言わない。だが、使い所ってものがある。少なくとも、その場凌ぎで使うのは論外だ。例えあの時掴まれていても、やりようは幾らでもあった。……と、まぁ、僕もあまり偉そうなことは言えないんだがな」
  少し前の、ヴィータとの一件を思い出して苦笑いを浮かべる。
「それでも、君よりはその辺を分かっているつもりだ。今だけでいい、僕に従え」
「……ウー」
  反論は出来ないが、納得も出来ない。そんな顔で、唸り続ける久遠。
  まぁ、それも仕方ないだろう。嫌っている人間にそんなことを言われても、容易に頷けるものではない。だから、クロノはこう続けた。
「報酬は臨海公園で売ってるタイ焼きだ。これで、君と僕とは契約で結ばれた対等な関係。どうだ?」
  一呼吸を置いてから。ほんの少し、本当に僅かだけだが、久遠は頷いた。
「契約成立だ」
  さて、とクロノは後を振り返った。
  あの警官達はどう出るか。目の前で雷が弾けるなど、通常では有り得ない事態に遭遇したのだ。普通の人間ならば混乱し、戦意を失っていてもおかしくはないのだ。いや、最悪事故に及んでいる可能性もある。例え逃げ切れるとしても、そんな結果は望んでいないが、
「……そんなに甘い相手じゃなかったか」

「ク……!」
  ぶれるハンドルを、左腕一本で無理矢理押さえ込む。右手は痺れていて動かない。焦るな、慎重にブレーキを……重心移動で何とか……事故とかマジ勘弁。
「何やってやがる!」
  不意に、車体が安定した。見れば、横に並んだ若菜が手を伸ばし、ハンドルの片方を支えている。
  やがてゆっくりとスピードを落とし、バイクは停止した。
「スンマセン、若菜さん。助かりました」
「鍛えがたんねえんだよ。最低でもバットへし折れるぐらいにはなっとけ」
「いや、そんなん出来るのアニキと若菜さんぐらいッすから」
  フウ、と小さく息をつき、いつもの軽い口調で答える。
「しかしなんだありゃあ。いきなり光ったぞ」
「あの狐がやったように見えましたけど。……普通じゃないッすね。あれ」
  未だ痺れの残る右手をプラプラと振る。握って、開いてを繰り返していると、やがて徐々に感覚が戻ってきた。
「妖怪か化け物のたぐいってか?」
「有り得ない話しじゃ無いんじゃないッすか? アニキも、こないだ池袋で変なの見たって言ってましたし」
「首無しライダー取り逃がしたってんだろ。間抜けめ」
「ま、関係ないッすよね。何だろうと」
  不意に口から出た言葉は、自分でも意外なほどに強気だった。久方ぶりに見た若菜の驚き顔に、ばれないよう笑いを堪える。
  思い出すのは昔、兄と一緒になって見ていたアニメや特撮番組の光景だ。街で暴れる怪人と、人々を守るためにそれと戦うヒーロー。そして、本来無力な人々を守る存在の筈なのに、何も出来ず人智を越えた怪物達に、ただやられるだけの役割でしかなかった警官達。
  アニメや特撮は好きだった。ヒーローを格好いいとも思った。しかし自分の尊敬していた父は警官で、憧れていた叔父も警官で、今は自分も警官だ。その光景だけは、納得が出来なかった。
「は! ……久々にやる気になってんじゃねえか」
  完全に感覚を取り戻した右手の指先をペロリと舐め、クリップを握り直す。
  さて、景気づけだ。アニキの言葉でも借りようか。
「交機を舐めるなよ、化物」

 傾いた視界の中、耳のすぐ側を掠めて、コンクリートの壁が通り過ぎる。当たりはしないという計算式でいくら思考を埋め尽くそうと、やはり恐怖は拭えない。側頭部が刮げ落ちたような錯覚。しかし脅えをかみ殺した一瞬後には、既に道は開けている。
  コーナーを抜けた先、真っ直ぐに伸びる道。しかしクロノはそのまま直進することなく、直ぐさま反対側へと身体を倒した。
  すぐ先に横へと抜ける細道がある。ただし、普通に曲がっていたのではとても回りきれるものではない。とはいえ、減速している暇もない。普通ではない方法でなければ、曲がれない。故にクロノは身体を倒しながらも手を伸ばし、叫んだ。
「チェーンバインド!!」
  ビクリと、肩に乗っていた久遠が震えた。
  手から伸びた光の鎖が近くの電柱に絡み付き、無理矢理車体を引きずる。
(3……2……1……)
  引き締められる腕の痛みに耐えながらも、クロノは静かにカウントを行っていた。そのカウントが零を刻む直前に、バインドの構築を解除する。
  直後、背後の角から二台のバイクが飛び出し、そしてそれをあざ笑うかのように、自転車は細道の奥へと滑り込んだ。
「ちぃ、またか!」
「いや、あの幅なら!!」
「ああ!?」
  自転車の軌跡を辿るように、哲人が車体を傾ける。横滑りするタイヤ。
(曲がり……きれるか!?)
「たく、世話焼かすんじゃあ―――
  不意に、若菜が回り込むように車体を寄せてきた。
「ねえよ!!」
  冗談じみた衝撃が、哲人のバイクを襲った。若菜の靴底に横から蹴り飛ばされ、膨れていた軌道が大きく歪む。
「くッ―――あ!」
「手柄ぁ譲ってやる、逃がすなよ!!」
  若菜の声を背に受け、哲人は最小限の減速で細道に飛び込んだ。幅の余裕は拳一つ分にも満たない。僅かにでも車体がブレれば、それだけで事故を起こす。
  けれど、ただ真っ直ぐに、前だけを見て直進することの何が難しいというのか。
  細道を抜ける、ブレーキターン。あの自転車小僧は―――いた!
「あの道を抜けてきたのか!?」
  少年が目を見開いてこちらを振り向く。だが、その程度で驚いて貰ってはこちらが拍子抜けだ。こちらは訓練を受けること自体が難しい機動センターの試験を一級で潜り抜た、白バイ隊員の一員。その中でも、ことドライビングテクニックに関しては、若菜にだって負けないという自負がある。
「だから……舐めるなって言ったろう?」
  スロットルを全開に、黒い自転車の背後に追いすがる。
  途端、急ブレーキの180度ターン。だが甘い、その程度は読んでいる。自転車の動きに合わせてこちらもターン。肉薄の一瞬、腕を伸ばし、人差し指の関節が僅かに相手の襟にかかったが、すぐさま子狐に噛みつかれた。
「いぃッ!?」
  たまらず腕を引っ込める。
「ってぇ、今度は噛みつきか……てか普通だな。さてどういう事かな、と」
  あれは本当に偶然か何かだったのか、それとも今更隠して誤魔化そうとでもしているのか。だとしたらお粗末にも程があるが。
「まぁその辺もまとめて聞かせて貰いに、署までご同行願いましょうかッ」
  言葉だけは警官らしく、しかし不敵に犬歯を剥く。
  角の向こうに消えた自転車を追い、哲人は車体を傾けた。

 黒い自転車が鋭く刃の様にコーナーを切れば、白バイは抉るようにコーナーを突き抜ける。
  複雑に入り組んだ迷路のような住宅街の路地では、バイクはその性能を発揮しきれず、戦いは両者の純粋なドライビングテクニックにゆだねられていた。いや、むしろ小回りがきく分自転車の方が有利かもしれない。
  しかし、クロノは白バイを振り切れない。どれだけターンを繰り返し、コーナーを曲がろうと白バイはぴったりと後にくっついてくる。
「さすがに……本業に叶うわけもないか……ッ」
  息が上がってきている。足の筋肉がつりそうだ。足音を潜ませて、しかし確実に限界が迫ってくる。
  だがまだだ。諦めるには早すぎる。何故なら、全ては彼の描いた道順の通りに進んでいるのだから。
  クロノの自転車が、また路地を右に曲がった。
  それを見た哲人が、ニヤリと唇をつり上げる。
「焦っちゃったかなぁ、少年」
  白バイも追って角を曲がる。その先に、高台へと真っ直ぐに伸びる坂道が続いていた。一本道で、脇に逸れる道もない。そして、馬力という点において自転車とバイクの差は圧倒的だ。絶体絶命にして千載一遇。
  この道に入った時点で、もはやクロノの敗北は決まったも同然―――の筈だった。
「久遠、さっき話したとおりだ!」
「くぅ」
  クロノの指示に、やはりどこか不満そうに久遠は答えた。クロノの肩から飛び移り、ハンドルの軸にしがみつく。
「行けるな?」
―――フゥゥゥゥウウウウ!」
  久遠の毛が逆立った。ぶわりと尻尾がふくれあがり、体毛と体毛の隙間で、パチパチと火花が弾ける。黄金色の体から溢れ出た電流が、フレームを伝って前輪のホイールに流れ込む。久遠の体が少々派手に放電しているが、クロノの体が邪魔になって、後方からは見えないはずだった。
  クロノもまた、頭の中で魔法を構築する計算式を組み上げていく。磁力フィールドを形成。対象は前輪ホイールの両脇。
  電流を流された金属は磁力を持つ。今ならば前輪のホイール部分が強力な電磁石となっているはずだった。それを挟み込むように、魔法で別の磁力を発生させ、ホイールの回転に合わせてN極とS極を切り替えていけばどうなるか。
  ホイールは強力な磁力による吸引と反発を繰り返し、天井知らずに回転速度を上げていく!!
「うぉぉぉおおおおおお!!!」
「くきゅぅぅううううう!!!」

 【超・電・磁・コイル・ブースター!!!】

「行ッッけぇぇぇぇええええええええ!!!」
  高台へと続く上り坂を、まるで平坦な道でも突き進むように―――いや、下り坂を駆け抜けるが如く、猛烈なスピードで“駆け上って”いく!
「ば、馬鹿な!?」
  有り得ない光景に、目を剥いて哲人が叫んだ。あまりに不条理、あまりに不合理なスピードに、現実感すら薄れる。何せ哲人の目では、猛烈な勢いで“普通にペダルを漕いで”いるようにしか見えないのだから。
  バイクのスロットルはとうに限界まで開かれている。しかし差は縮まらない。むしろ引き離されていく。
  そのままの勢いで、自転車は高台の峠を越えた。計画通り。今この時からバイクが同じように峠を越えるまで、自分たちの姿は完全にあの警官からの死角に入る。その僅かな時間に、この場から姿を消す!
(すいません、失礼しますッ)
  胸中で小さく謝罪を述べてから、クロノは進路を変えた。
  自転車が道をそれ、高台の墓地の脇を突っ切っていく。目の前には落下防止の鉄柵とその向こうに広がる崖。
  それを認識しながらもスピードは緩めない。むしろ加速していく。
「ラウンドシールド!」
  魔力の障壁が、鉄柵に掛けられるように斜めに展開される。即席のジャンプ台。
「久遠もういい、掴まれ!!」
  ハンドルに取り付いていた久遠を掴み上げ、肩に乗せる。
  乗り上げの衝撃。風の音が耳を攫う。青空の下、太陽の中心を射抜くように、黒い自転車は飛んだ。

「は……?」
  間の抜けた声だと、自分でも思えた。
  坂を登り切った先、高台の峠から見下ろした視界には何も―――誰もいなかった。
「……え? はぁ?」
  緩やかに弧を描いて下っていく道には、ただアスファルトだけが太陽の日に焦げ付かされていた。
  左の墓地には、人一人ならともかく自転車を隠せるほどの場所はなく、右手の林に入るには人の背丈ほどもある石垣を越えなければならない。脇道なんて、どこにも見あたらない。
「うそ……いや、まって……ちょ……」
  呆然とバイクを止め、ヘルメットを脱ぐ。
「……若菜さんに、ボッコボコにされんじゃん」
  哲人の漏らした呟きは、どこまでも絶望的だった。

 警官を無事に巻けたとはいえ、眼下に広がる街並みを見下ろすクロノに気を緩める暇など無かった。
  というか今まではたんなる寄り道で、これからが本番なのだ。デジカメを取り戻せなければ意味が無い。というか明日が無い。
  軽トラックが走っていた先をまっすぐ行けば、大きな国道に出る。その道を利用する可能性が高いとして、果たして右に曲がったのか左に曲がったのか。左は山間を越え県境にまで繋がっている。右は駅前を抜け繁華街に出る。右の方が確率としては高いだろうが、積み荷次第では県外へ抜けることもあり得るだろう。積み荷は何だ。思い出せ、見ているはずだ、追っていれば後から覗けた。そうだ積み荷は―――テレビ、パソコン、オーディオ機器、使い古された電化製品―――廃品回収だ。なら県外まで抜ける必要など無い、右だ。追っていた時点でトラックのスピードは約50キロほど。国道に出ればおそらく10キロほどスピードは増すだろう。信号は幾つある? 予測される現在位置は―――!?
  全ては空に漂う一瞬、S2Uの補助により加速された思考の中。呆れる程の仮定の上に計算された場所へ、半ば縋るように目を向ける。
  眼球が目まぐるしく動き、予測された範囲一帯を隙間無くなぞり上げる。しかし、見付からない。予測が外れた? いや、道が混んでいる、だとすればもっと後方―――違う、この道をよく利用する者ならむしろ―――
―――見つけた!」
  国道と平行に並んだ細い脇道を、幌付きの軽トラックは走っていた。道が混んでいると見て、抜け道を利用したのだろう。
  そして同時に気付く。崖下の林の木が、ずいぶんと近くにまで迫っていた。
「くっ!」
  片手で久遠を押さえつつ、浮遊魔法を構築。
  木の枝をへし折り、地面に激突する直前、自転車は落下速度を失ってフワリと停止した。そのまま、ゆっくりと地面に着地する。
「くきゅぅ〜〜……」
  肩にしがみついていた久遠が弱々しいうめき声を上げた。
  不満の一つでも言いたいのだろうが、目が回ってそれどころではないらしい。
「……ここで降りて休んでるか?」
  一応聞いてみるが、久遠はどうにか顔を上げやはり首を振った。この辺の意固地さは、なのはと同じだなと苦笑する。
「ならもう少しだけ頑張ってくれ」
  それだけ短く声をかけ、クロノは再度自転車を走らせた。


 林を抜け、車の通れないような細道を駆使し、トラックの予測進路へと最短で突っ切っていく。
  駅へと近づくにつれ道を歩く人々も多くなる。こんなスピードで走っていれば、普通なら事故でも起こしかねないが、クロノは探査魔法まで駆使してひたすら速さの限界に挑んでいた。
  そしてついに、その目が軽トラックの姿を捕らえた。細道の先に、一瞬だけ白いその車体が通り過ぎる。
  クロノは一段とスピードを上げた。後輪を横滑りさせながら道を曲がり、トラックと併走する。
「久遠、飛び移れるか!?」
「くぅ!」
  どうにか回復したのだろう、久遠が肩の上で身を起こした。
  タイミングを見計らい、バッと飛び移って幌に爪を立てると、そのまま勢いよく駆け上がっていく。
  幌の上にその姿が消えてから三呼吸ほど、デジカメを咥えて久遠がヒョコっと顔を出した。
「あったか!?」
「くう!」
「よし、飛び移れ!」
  言葉どおり、幌の縁に前足をかけて久遠が飛びたったその時だった。
「僕の鞄返せよー!」
「俺たちからパスカットできたら返すって言ってんだろー。バスケのれんしゅーだよれんしゅー。ヘイ隆史、パース!」
「おう―――
―――きゃうん!?」
  道端を歩いていた少年の投げた鞄が、久遠にぶち当たった。
「何でだぁぁぁぁあ!!?」
  こういう日か!? 今日はこういう日なのか!!? 
  思わず世界への呪詛で埋め尽くされそうになる思考を、必死で押さえ込む。
  久遠は道端の歩道へ、デジカメは道路の真ん中へ、それぞれ別方向に飛んでいってしまっている。デジカメがそのまま落下すれば間違いなく車の下敷きとなってもはや修復不可能な代物と化すだろう。久遠の方は突然の衝撃に体制を崩しているものの、自分の力で何とか持ち直そうと身を捻っていた。このまま落ちても無事に済む可能性もある。手を伸ばせるのはどちらか片方、果たしてどちらを取るか―――
―――久遠に決まってるだろうが!!)
  たとえ確率は低くても、大怪我をする可能性だってある。迷うまでも無い。
「久遠!」
  急ブレーキを掛け、片手で必死にハンドルを操り、子狐の落下点に手を伸ばす。
  ポスンと背中から手のひらに収まる小さな体。その琥珀色の目が―――まっすぐにこちらを射抜いていた。自分はまだ行けると、言葉も無いのに、不思議なほどハッキリとその視線の語りが理解できた。
  危険だ、とこちらもキツく視線を返す。
  しかし、久遠は視線は決意を緩めなかった。そして気のせいかもしれないが―――その目の色合いに、どこか、信頼の欠片のようなものが見えたように思えた。単なる妄想かもしれない。けれど、おまえなら何とかしてくれるだろうと、そんな久遠の声が、こちらに届いた様に思えた。
(まったく、あれだけ敵対しておきながら……いや、だからこそ、かな)
  お互いが敵意に任せて、生の感情と行動をぶつけ合った。だからこそ、二人の間に偽りなどどこにも無い。真実のやり取りだけが、二人の間で交わされていた。そういう理解の仕方も、もしかしたらあり得るのかも知れない。
  大きく身を捻る。手は横にまっすぐ伸ばし、遠心の力を最大に。腰から肩へ、肩から指先へ。自転車に乗りながらも、理想的なサイドスローの工程。
「任せたからな、久遠!」
  クロノもまた信頼を言葉にして、久遠を放り投げた。
  ボールのように体を丸めた久遠が、走る車の隙間を縫ってまっすぐにデジカメに飛んでいく。落下途中のデジカメとぶつかる直前、久遠はバッと体を開いた。四肢とお腹と、全てを使って包み込むようにキャッチする。
  だがその体勢では着地など出来るはずも無い。そもそも勢いが強すぎて、このままでは向かいのビルの壁にぶつかるだろう。
  まぁ、そんなことはさせないのだが。
(信頼には応えるさ!)
  描いた構築は、すでに完了している。
  管理が異世界で魔法を見られるわけにはいかない。言い換えれば、様は見られなければいい。

―――プロテクション!

 不可視のフィールドが、久遠の体を覆った。
  本来なら接触した対象を弾く性質のある防御魔法だが、その性質を削除し柔軟な力場としての特性を持たせたものだ。
  壁の衝突した久遠の体が、空気の抜けたボールのように柔らかく跳ね返り、ポテンと地面に落ちた。デジカメは、しっかりと久遠の体に守られている。
  それを見届けて、クロノはホッと息をついた。
  自転車を置き、車の通りが途絶えるタイミングを見計らって道を渡る。
「久遠!」
  声を掛けて駆け寄る。久遠は目を回して倒れこんでいるものの、怪我は皆無のようだった。
「あれー? なんか見覚えあるなぁって思ったら、やっぱり久遠じゃない」
  そこに、さらに別の声が掛けられた。
「あなたは確か……」
  いつだったか、恭也と一緒に要るのを見たことがある。少し紫がかった長い黒髪の女性で、名前は確か……。
「それと君は……え〜っと、クロノ君、だったっけ? なのはちゃんのお友達の」
「忍さん、ですか」
  瞬間、久遠がパチリと目を開いた。
  キョロキョロと世話しなく辺りを見回し、忍の顔を見つけた途端、その体に飛びついた。
「うわっ。なに? なに?」
「くぅ! くぅう!!」
  反射的に抱きかかえた忍に、咥えたデジカメをぐいぐいと押し付ける。
「デジカメ? このデジカメがどうしたの?」
  その光景を眺めて、クロノは不意に思い出した。
  少し前に、なのはが忍のことを語っていた事があった。何でも電子機器の扱いにやたらと詳しくて、その技術はプロの技術者も顔負けだとか何とか。
「あの忍さん、不仕付けな質問なのですが……」
「へ?」
「そのデジカメ、修理とか出来ますか? 壊れてしまったみたいなんですが」
「これを?」
  ひょいと、久遠の口からデジカメを摘み上げた。そこでようやく大人しくなった久遠を、彼女の邪魔にならないように抱き上げて地面に下ろす。
  忍はフムと唸りつつ何やら色々といじっていたのだが、不意にあれ? と首をかしげた。
「これ、多分壊れてないよ」
「へ?」
  忍の突然の言葉に、思わず間抜けな声を出す。足元では、久遠も口を開けて固まっていた。
「ほら、ここ。バッテリー入ってないし。これじゃ動くわけ無いよ」
「…………」
「…………」
  初夏のはずなのに、なぜか妙に冷たい風が通り抜ける。
  時間も忘れて、一人と一匹はいつまでも目を点にして固まっていた。


「やっほー。ただーいまー」
  未だに家の中を探し回っていたなのはは、玄関から響いた声にテコテコと歩いていった。
「あ、忍さん」
「や。なのはちゃん、ただいま」
「お帰りなさいー」
  他人の家もなんのそのな忍の挨拶に、なのはも慣れた感じで言葉を返す。
「あ、そだ。これお土産」
「はい?」
  反射的に出したなのはの手のひらに、ポンと忍が見知ったデジタルカメラを置いた。さっきからずっと探していた、なのはのデジカメだ。
「え、あれ? 忍さん、これどこでみつけたんですか?」
「んー、道端で拾った」
  忍はそれだけ言って、何の遠慮も無く家の奥へ入っていく。
  訳もわからず首をかしげるなのは。その両脇を、続いて入ってきたクロノと久遠がやたら疲れきった感じで背中を丸めて、通り過ぎていった。
「あれ、クロノ君とくーちゃん。どこか出かけてたの?」
「ああ……すこし、な……。すまない、疲れてるんだ……」
「くぅ……」
  二人もまたそれだけ言って、家に入っていく。
  これまたなのはは首を傾げるしかない。二人で出かけるなんて、いつの間にそんなに仲良くなったのだろうか。
「……まぁいっか」
  考えても仕方が無い。デジカメも見つかったことだし。二階の自室に上がって、充電していたバッテリーをデジカメに差し込む。ピロリンと電子音を立てて、デジカメの電源は何の問題も無くついた。
「デジカメ見つかったよー」
  意気揚々と階段を下りて、一階に向かう。
  居間では久しぶりの再開を喜んで、忍と那美が―――というか、忍が一方的に那美に抱きついて髪やら何やらを弄り回っていた。
「皆で写真とろ。くーちゃんとクロノ君は?」
「ん? さぁ、ここには来てないが」
「どっかで休んでんじゃないかなぁ」
  恭也と忍が口々にそう応えた。美由紀と那美は、なぜかよそよそしい様子で目を逸らしている。
「んー、どこいったんだろ……。探してくるね」
  どうせ写真を取るなら、皆で取りたい。
  居間を出て二人を探すと、特に時間もかからずに見つかった。
  見つかったのはいいのだが……なのはは少し困ったように眉を寄せた。
  クロノと久遠は、なぜか縁側で、二人より沿うように昏々と眠りこけていた。よく見れば二人ともなんだか妙に汚れている。というかさっきから気になっていたのだが、クロノは何でバリアジャケット姿なのだろうか。
「え〜っと……どうしよ」
  二人の寝顔を眺めつつ、頭を悩ませる。二人ともひどく疲れているみたいだし、起こすのは少しかわいそうだろうか。
  少しの間悩んだ後、まぁとりあえずと、なのはは仲良さそうに眠っている二人の姿をパシャリと写真に収めた。

                                      ―――FIN

 

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