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■二次創作小説
 /魔法少女リリカルなのは
  / 海鳴市での
      奇抜な休日シリーズ

  ・リリカルD!!
       01//02//03

 




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リリカルD!!(3/3)

 商店街を抜け、遊歩道を抜け、丘の上の女子寮の前なんかも通ったり何かして。
  それでも二人はまったく互角の勝負を繰り広げていた。抜きつ抜かれつ。差しつ差されつ。互いに一歩も引かぬ攻防戦は、遠くから眺めている分にはまさに至高の名勝負だと言えた。間近で見ることを強要された人々にとっては、人災以外の何ものでもなかったが。
  かくしてレースは終盤、ゴールである八神家はもうすぐそこまで来ていた。
  互いに疲労は濃く、ヴィータの魔力も残り少ない。しかし、彼女は勝てると確信していた。
(今の時点でこっちがリードしてる。例え最後のコーナーで追いつかれても、その先ははやての家まで一直線! なら……カートリッジでぶっちぎれる!!)
  そう、ヴィータはまだカートリッジを残していた。正真正銘最後の一つ、虎の子の加速装置を彼女は温存していたのだ。そのために、丘の坂道では本当に死にそうになったが。これで、確実に勝てる!
  交差点が迫り―――とはいえ、やはりずいぶんと先だが―――ヴィータはブレーキを握った。
  相変わらずの無様で、派手なだけのみっともない減速だが、構いはしない。抜くならば抜けばいい。けれど、最後に必ず抜き返す。
  だが―――ヴィータの予想よりもずっと速く、クロノはこちらに並んだ。
「!?」
  まだ、交差点は先だ。いつもならちょうどコーナーに差し掛かる辺りで追いついてくるはずだと言うのに、速すぎる。そこで、気づいた。クロノはまったく減速をしていない。
「全速で突っ込む気か!?」
  いくらクロノとはいえ、それは無茶だ。曲がりきれず、壁に激突するのがオチだろう。このままでは勝てないとふんで、無茶な賭けに走ったのか。しかし、それは賭けではなく、単なる無謀だ。曲がりきれる確率など、万に一つも有り得ない。その確信を、
「チェーンバインドッ!」
「へ?」
  クロノの叫びが打ち砕いた。
  コーナーに差し掛かる直前、クロノの右手から曲がり角の電柱へと、青白く輝く鎖が伸びる。ギチリと、肉を食い絞める音が響いた。
  その細腕に掛かるのは、どれ程の衝撃だろう。右手と電柱、双方に巻き付いた鎖が身を引きちぎらんばかりに張り詰める。クロノの顔が苦悶に歪むのを、ヴィータはハッキリと見ることが出来た。
  しかし手は放されることなく。鎖は千切れることなく。クロノのロードレーサーは鎖に引かれ綺麗な弧を描き、まったく減速のないままにコーナーを曲がった。
  唖然と。表情を失ったまま、とにかく彼女もその後を追って曲がる。
  ヴィータが角を曲がり終えたときには、もはやクロノの姿は遠くに……いや、それよりもだ。つーかあれだ。
「……ってちょぉまてぇえええ!!?」
  どことなく関西弁っぽく、ヴィータは叫んだ。魂の震えを乗せて。
「町中で魔法使うなっていったの誰だよ!?」
  いや、あたしは使ったよ。確かに使ったさ。魔法。けどダメだろー。お前はダメだろー? なんて言うかさー、お前の在り方って言うかさー。なぁ?
  誰へともなしに心の中で同意を求めてしまうヴィータ。そんな彼女に対し、クロノはきっぱりハッキリとっても大人的マニュアルに沿って対応した。
「執務官には、任意の判断において管理外世界でも魔法を使用できる権限が与えられている!!」
「て・ん・めぇぇぇぇぇええ!!!」
  キレた。
  なんだ。なんて奴だ。コレが大人か。大人の汚さか。コレだから大人になんてなりたくないんだ。あたしはそれを地でいくぞ。畜生。ちょっとでも格好いいと思っちゃった過去を返せ。何だよクソ。もはや是が非でも負けられない。生かして返すわけにはいかない。
  最後のカートリッジをロードする。残ったミソッカスのような魔力も全てつぎ込む。リンカーコアを削てもいいとさえ思えた。
  嗚呼。強く、優しく、翼に風を。
「ヒ・カ・リ・になれぇぇえええええ!!!」
  言葉通り。彼女の有様そのままに。輝きながらヴィータは疾走した。許容量を超えて体から溢れた魔力が、大気中の魔力と反応して光の粒子となる。
  あの外道に。許されざる敵に。敗北という名の楔を、打ち付ける(もちろんハンマーでだ)ために。ヴィータは追う。
  もはや追いつくことは不可能と思えたその距離が、劇的に縮まっていく。魂を削るかのような追走を、クロノも背中に感じているのだろう。もはや振り返ることもなく、最後の力を振り絞ってペダルを漕ぎ続けていた。
  ついに、ヴィータがクロノに並ぶ。そしてそのまま―――追い越すことが出来ず併走していく。
(クッ……魔力が……もう……)
  グラーフアイゼンのロケット噴射が、ガス欠を起こしたように断続的なものに変わっていた。
  もう少し。もう少しなのだ。クロノの足だって、痙攣を起こしたよう細かく震えている。もう少しで、勝てるのだ。
  両者の口から、自然と雄叫びが上がる。どちらもすでに限界を迎えていた。
  魔力の枯渇。悲鳴を上げる心臓。痙攣する足。それら全てを無視して体を突き動かしていた精神も、もはや摩耗しすぎて苦しみすら感じない。なら、後残されているものは何だろう? 全てが底を突いて、それでも体を動かしているモノは何なんだろう?
  答えが出ないまま限界を超えて、不意に、視界が渦を巻いた。ピンク色の光の波が押し寄せてきて、また引いて。ユラユラとまるで海の中でたゆたっているような、そんな不可思議な感覚に包まれる。気がつけば、なんだか知らないがやたらとキラキラモヤモヤした空間に彼女は浮いていた。
  ここは何処だろう。周りを見渡してみても何も―――いや。強く。すぐ隣にいる誰かの存在を感じた。
(誰だ!?)
(ヴィータ……なのか?)
(クロノ?)
  言葉でも、念話でもない。よく分からないまま、ただあたりまえのように、コレが本来の意志の伝え方だと思えるほど自然と、二人は会話をしていた。
(ここは何処だろう?)
(分からない……。けれど不快じゃない、な……)
(あたし達は、まだ走っているのか?)
(多分。体が、それを感じる)
(何で……あたし達はまだ走れてるんだろう?)
  限界は超えているのに。もう、何も残ってないのに。
(それは……)
(それは?)
(それはきっと……君が隣を走っていたからだ……)
(ああ……そうか……)
  それは、とても納得できる答えだった。素直に、そうだなと思えた。クロノが横を走っていたから、自分もここまで走れたのだ。争っていたのに。お互いが、お互いの力になっていた。変な、話だ。
(なんで……人は争うんだろう)
(分かり合えないからさ……)
(けど、今はこんなにも分かり合えてるじゃないか……)
(そうだな。けど、遅すぎたのさ……)
(遅すぎた?)
(そうさ。悲しいことだけどな……)
  確かに。それはとても悲しいことだ。最初から分かり合えていれば、争わずにすんだかもしれないのに。人は、そうなれない。争いは無くならない。けれど。
(人は変わっていくよな……あたしたちと同じように)
(そうだな……君の言うとおりだ)
(クロノは、本当に信じてくれるか?)
(信じるさ……君とだってこうして分かり合えたんだ。人はいつか、時間さえ支配することが出来るさ……)
(嗚呼……猫が見える……)
(……ん? 猫?)
  何かよく分からないピンク色のキラキラした世界から抜ける。
  すぐ先の脇道から飛び出してきた猫が、道の真ん中でのんきに欠伸をしつつ、ナ〜とか言って鳴いていた。
「「って、ねこぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!?」」
  二人まったく同時に叫びハンドルを切る。右と、左に。
「「へ?」」
  気づいたときにはもう遅かった。前輪と前輪が衝突し、バランスを崩し、片方のペダルがもう片方の後輪に絡まり。
―――ドンガラガッシャァァアン!!
  ぽ〜んと、二人の体は自転車から投げ出され、面白いように空を飛んだ。

「小虎ー、どこなのだー? そろそろお昼だからご飯食べに帰るのだー!」
  目前の惨事も気にすることなく、のんきに首の後ろを掻いていた猫は、遠くから聞こえてきたその声に反応すると、またナ〜と鳴いてどこへともなく去っていった。
  後にはただ。争いの虚しさを語るように、カラカラと自転車の車輪が回っていた。

「何考えとんのんほんまにっ。信じられへんわ!」
「はい……」
「面目ない……」
  八神家にて。ボロボロの格好になったクロノとヴィータが、部屋の隅にちょこんと正座させられ、ひたすらに説教を受けていた。
  相手はもちろん、八神家の主である八神はやてと、
「そうだよもう。クロノは変なとこでムキになるんだから!」
  そのはやてに電話で呼び出された、フェイトである。
「自転車で競争するだけならともかく、魔法まで使うやなんて! クロノ君はそう言うこといつもうちらに口すっぱくして言っとるくせに、自分が守れてへんや無いの!!」
「い、いや、僕は別に危険な魔法は……」
「あ、てめっ、きたねえぞっ」
「言い訳禁止! 使ったことに代わりはないんだかクロノも同罪だよっ」
「う……」
  確かにその通りだ。反論のしようも無い。クロノはただ、肩を小さくして反省を示すよりほかなかった。
  そんなクロノの姿を、ざまぁみろと言わんばかりの顔で見るヴィータ。しかしその頭に、ポンッとはやての手が乗せられた。
「先に魔法使ったヴィータは、もっと悪いんやで?」
  ニッコリと。とても凄みのある笑顔が向けられる。
「う、だ、だってそれは……」
「それは……?」
  はやての笑みがさらに深まった。ヴィータはもはや蛇に睨まれた蛙だ。ダラダラと脂汗を流し、結局何も反論できず、
「ご……ごめん、なさい……」
  絞り出すように、ようやくそれだけ呟いた。
「本当にすまなかった……」
  クロノもそれに続き、謝罪を述べる。その様子に、もはや言うことも尽きたのか。はやてとフェイトはまだ肩を怒らせながらも、ため息をつき押し黙った。
「はやてちゃんもフェイトちゃんも、もうその辺にしときましょう。お昼も過ぎてますし」
  それを頃合いと見たのだろう。少し離れたところで笑いを堪えながら見ていたシャマルが、そう声をかける。
「そうやな……。冷蔵庫の残りもんしかないけど、何かつくろかー。せっかくやから、フェイトちゃんも食べてってな」
「あ、うん。なにか手伝うよ。あ、二人はまだしばらく正座だからね!」
  そう釘を刺し、彼女らは台所へと向かっていった。
  野菜を切る音、炒める音。やがて漂ってきた食欲をそそる香りに、ヴィータがそわそわと体を揺らしだす。クロノはじっと目を閉じていたが、あれだけの運動をした後だ。流石に空腹を感じていた。
「ほんなら並べよかー。シャマル、シグナム達呼んできてくれる? 洗濯物干しとんのやろ?」
「はい〜」
  パタパタとシャマルが出て行き、呼ばれてやってくるシグナムとザフィーラ。食卓には出来合いのモノではあるものの美味しそうな料理が並び、ヴィータは今か今かとお呼びが掛かるのを待っていた。クロノも目を開き、チラチラと料理を眺めている。
  そんな二人の元に、ニッコリと笑顔を浮かべたフェイトがやってくる。
「はい、二人ともお昼ご飯」
  彼女はとても穏やかな声でそう言うと……ポンと、二人の前に、小さな小さな発泡スチロール製の容器を置いた。その上には割り箸が二膳添えられている。
「……へ?」
「ふ、フェイト? これは……?」
「カップヌードルのミニ。一つしかないから仲良く分けてね?」
「「…………」」
  呆然と。言葉もなく、その“お昼ご飯”を見つめ続ける二人。フェイトはさっさと一人食卓に向かい、いつもならヴィータが座っている席に腰掛けていた。
「ほんなら食べよかー」
  いただきまーすと、言葉を揃え、繰り広げられる賑やかな食事風景。暖かく朗らかな家族とその友人の団欒。
  対して、
「これが……お昼ご飯……」
「は、はやての料理がぁ……」
  限りなく寒く貧しい、二人の食事。心が、凍えそうであった。
「お前のせいだぞ! お前のせいで、あたしがこんな目に!」
「なっ! 元はと言えば君が―――
  たまらず怒りの声を上げるヴィータ。クロノもそれに言い返そうとして、しかし、ぐっと堪えるように言葉を止めた。
  どこに原因があるといえ、彼自信の行動はけして褒められたものではなかった。と言うより、恥ずべき行為だ。クロノ・ハラオウンとして、この事に対する罰はきちんと受けなければならない。自身への戒めのために。
「……そうだな。僕が大人げなかった……。これは君一人で食べるといい……」
  そう言い、二人の間に置かれたカップヌードルを、ヴィータの方へそっと寄せる。
「う゛っ……」
  そう言われると、ヴィータだって後ろめたかった。それはそうだ。元々彼女がクロノの自転車を持ち逃げしたのが原因なのだから。いや、でもその後のこいつの言動はやっぱむかついたぞ。それに腹も減ってるし。いや、でも……。
  しばしの葛藤の後、ヴィータは寄せられたカップヌードルを、再度二人の真ん中に戻した。
「いいよ……。ちゃんと二人で分けようぜ……」
「……いいのか?」
「いいっての。ほら、のびるだろッ。お前から先に食えよっ」
  意外そうな顔で見つめるクロノに、そっぽを向いて答えるヴィータ。
  そんな彼女に苦笑を浮かべ、それじゃあ、とクロノは箸を取り蓋を開けた。安っぽくとも、空腹にはやはり美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
  自然と、二人の顔が綻んだ。
「エビ幾つ入ってる?」
「ん……あ〜、四つ、かな」
「ちゃんと具も半分ずつだかんなっ。あたしの分まで食うなよ。ああでもネギは食っていいぞ」
「好き嫌いをするんじゃない。背が伸びないぞ」
「お前だって、チビじゃんかよ」
「やかましい」
  その様子を、クスクスと眺めているはやてとフェイト。
  ハタから見れば、二人の食事風景もまた、それなりに暖かいもののように見えた。

                                      ―――FIN

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