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■二次創作小説
 /魔法少女リリカルなのは
  / 海鳴市での
      奇抜な休日シリーズ

  ・リリカルD!!
       01//02//03

 




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リリカルD!!(2/3)

 それから何日か過ぎた、別の休日。
  キッチンでアルフと二人、洗い物をしていたフェイトは、不意に鳴らされたチャイムに、いそいそと玄関に向かった。
  タオルで手を拭きつつ、はいー、と返事をして、扉を開ける。
「ども、和島運輸ですー」
  すると、すぐさま快活のいい挨拶が返ってきた。
「荷物のお届けに上がりましたー」
「宅急便……誰にです?」
  首を傾げつつ問いかける。とりあえず自分やアルフには身に覚えがない。義母さんあたりだろうか? 
「ああ、すまない。僕のだ」
「へ?」
  そこへ、一番予想だにしてなかった声が後ろからかかった。
「あ、え〜っと……クロノ・ハラオウンさん、ですね。取りあえずどこに運びましょう? 今は下に置いてありますけど」
「ああ、ちょっと待ってください。裏に置き場所があるんで。案内しましょう」
  そう言って、クロノは宅配員の男と連れだって家から出て行った。
  その後ろ姿を、声をかけることも出来ずに呆然と見送る。
  届け物? 宅配業者に頼まなければならないようなモノを、彼が買った? あの、クロノが?
「なに買ったんだろうねぇ。いったい」
  気になって付いてきていたのだろう、隣に並んで立ったアルフの言葉に、フェイトは控えめに頷いた。
「ちょっと気になる……かな」
  しばしの沈黙。
  やがて二人は示し合わせたように互いの顔を見ると、トコトコと彼の後を追って家を出た。
  エレベーターで下まで降り、コソコソと辺りを伺いながらマンションの玄関をくぐる。クロノはどこかと探していると、ちょうどマンションの裏から宅配業者の声が聞こえてきた。
「それじゃここにサインを……はい。はい、それではありがとうございましたー!」
「ええ、ご苦労様です」
  その様子を、そっとマンションの影から覗き見る。途中すれ違った宅配業者の人に奇異の視線で見られたが、それはこの際置いておこう。
  届けられた物は、白いシートを掛けられていたのでよく分からないが、どうやら自転車か何かのようだった。と言うか、あそこ駐輪場だし。
  クロノは、その側に立ち、何かを思い出しているようにじっと俯いていた。その表情は、影になっていてよく伺えないが、
「あの、忌まわしい出来事から半月……」
  ふと、まるで沼地から湧き出た気泡のような、よどんだ呟きがその口から漏れた。
「ようやく……。ようやく待ち望んでいた物が来た……」
  あまつさえ、フフフとか怪しげな含み笑いまで聞こえてくる。ついには高笑いにまで発展して、フェイトとアルフは青ざめた表情でよろよろと後退し、互いの顔を見合わせた。
「どど、どうしようアルフ。クロノが……お兄ちゃんが何か変だよッ!?」
「あ、いや、うん。それはあたしも同意だけどさ……。と、取りあえずバルディッシュはしまおうよ?」
「だ、だって!」
  ガシャコン、ガシャコン!
「カートリッジロードもしなくて良いから!!」
  ヒイィと悲鳴を上げるアルフをよそに、クロノの高笑いは続いていた。

 その日も、ヴィータは赤く塗装した自転車に乗り、ご機嫌に町内を徘徊していた。
  天気は蒼天、気分は爽快。この自転車をクロノに“貰って”からこっち、めんどくさかったザフィーラの散歩も実に快適で楽しく良い感じである。
「あら、ヴィータちゃんおでかけー?」
「うん。はやてにおつかい頼まれてんだー」
  途中すれ違った知り合いのばあちゃんに、笑顔で返す。
  それはいつものように平穏で、幸せな一時だった―――のだが。
  突如、シャコシャコと軽快に自転車を漕いでいたヴィータの横を、何か黒い物体が猛烈なスピードで風のように通り過ぎていった。
―――ズザザザァァァアア!!
  かと思えば、その何かは横滑りしながらヴィータの少し先に急停止した。
「……クロ、ノ?」
  ポカーンとした表情で自転車を止め、ヴィータは呟いた。
「やぁ、ヴィータ。こんなとこで会うとは奇遇だな」
  呼ばれたクロノは、胡散臭いほど爽やかな笑顔を向けてくる。普段の彼を知っている人物なら、露骨に眉をひそめ、誰だこいつ? と気味悪がるほどの爽やかさだったが、生憎ヴィータの目にはそんなもの欠片も入ってはいなかった。
  彼女の瞳はただ一点、クロノの乗った黒い自転車に向けられていた。
  違う。自分の乗っている自転車とは、何か根本的に違う。
  極限まで無駄を省いた、直線的でシャープなフレーム。サドルよりも低い位置にあり、奇妙に曲がったハンドル。細い車輪。その車体にはカゴや荷台はおろか、泥よけやスタンドすら付いていない。
  それはまるで、ただ速く走ることだけを特化した様な自転車だった。
(か……かっこいい……)
  しばし呆然と見つめ―――やがて、ハッと我に返る。
「お前……そ、それは?」
「ん? ああ、これか」
  ははは何でもないよ、とクロノは肩を竦めた。実に嫌みな感じに。
「君にその自転車を“譲った”からね。代わりに新しいのを買ってみたのさ。ロードレーサーという車種なんだが。ダメだね、速さだけを追求しすぎていて、汎用性が無い。いやはやまったく困ったものさ」
  ハッハッハとまたクロノが笑う。
  何故か。何故だか知らないが。その言動一つ一つが、こめかみの神経にブスブスと突き刺さるように“キ”た。
「君は買い物か何かか?」
「あ、ああ……」
  引く付く頬を押さえて、どうにかそれだけ答える。
「そうか、そちらにはカゴも荷台も付いているからな。楽で良いことだろう。こちらと言ったらまったく……買い物袋を運ぶのも一苦労だ。いやいや、羨ましい限りだよ。自転車はやはりママチャリが一番さ、ママ、チャリ、が」
  ブチリと。その瞬間、ヴィータの中で何かが千切れた。
「ッと、それでは僕は用があるから失礼させて貰うよ。これから、こいつと共に風にならないといけないからね」
  その瞬間を察していたように、すぐさまクロノが自転車をターンさせて走り出す。それはもう、鮮やかすぎる引き際だった。
「あ、てめぇこの―――待ちやがれ!」
  ヴィータも慌ててその後を追う。サドルから尻を上げ、猛烈な勢いでペダルを漕ぐ。
  しかし、その差は縮まるどころか、逆にどんどんと引き離されていく。どれだけ力を入れて漕ごうと追いつけない。
「クッ……。ちっくしょう!」
  20メートル。30メートル。為す術もなく、距離は開いていく。どれだけ手を伸ばそうと、足を動かそうと、決してとどかない距離に、敵はいる。自転車の性能が違いすぎるのだ。ヴィータの責任ではない。
  だが―――それがどうした? 例えそうだとしてもだ。
  あたしが遅い? あたしがスロゥリィ? そんな事ッ―――
―――みっとめられっかぁぁぁぁあああ!!」
騎士の決意と誇りを胸に、ヴィータは吠えた。

 少し大人げなかっただろうか?
  自転車を走らせながら浮かんだ自問を、クロノはすぐさま首を振って否定した。
  何を言う。僕はただ単に偶然会ったヴィータと会話して、そして別れただけじゃないか。それのどこに咎められる要素があると言うのだろう。いや、無い!
  先ほどのやりとりを見ていた者なら、ツッコミどころ満載の言い分であったが、残念ながらそんな気の利いた人物はこの場にはいなかった。例えいたとしても、心の声が覗けるわけでもない。
  よって、今のこの素晴らしく晴れやかな心を阻害する声は届きようがなかった。はず、なのだが。
「カートリッジロォォォォオド!!」
  ツッコミもクソも関係なく、ただ感情のままの雄叫びが聞こえた。
  いったい何だ? 訝しみ後方を振り向いたその先に。
「ラケェェエテン! ハンマァァァア!! ブゥゥゥゥゥウストォオオオオオ!!!!」
  赤く尾を引き。まるで彗星の様な勢いで突進してくる悪鬼がいた。
「なあ!?」
  バカな!! あらん限りの否定を込めて、胸中で叫ぶ。
  こちらはプロのレースにも使われ、舗装路を時速40km以上、乗る者が乗れば時速80kmものスピードで走ることの出来る、ロードレーサーなのだ。それにたかだか一万円前後で買った普通のママチャリが追いすがるなど、あるはずがない。あってはならない。
  しかし、現にヴィータの乗る自転車はみるみるこちらとの距離を縮めてくる。
  そしてついにはこちらと併走するに至って、クロノはさらに驚愕の声を上げた。
「なっ……何をしてるんだ君はぁぁぁぁあ!?」
  その自転車の後ろ。荷台の部分に、ラケーテンフォームのグラーフアイゼンが括り付けられ、盛大にロケット噴射をかましていた。
「正気か君は!? こんな町中で魔法を使うなんて!!」
「う、る、せぇぇええ! 騎士にはなあ! 他の何を犠牲にしても勝たなきゃいけない時があるんだよぉぉお!!」
  叫びと共に、グラーフアイゼンのロケット噴射がさらに出力を上げた。
  愕然と。クロノは、こちらを抜き去っていくヴィータを見送る。
  有り得ない。ナンセンスだ。こんな事で魔法を使うか? 子供の喧嘩か? いや、まぁ彼女は子供か。生きてきた時間は、僕よりもよほど長いはずだが。しかし、僕は大人だ。責任有る時空管理局執務官だ。こんな馬鹿げたことに付き合う必要はない。付き合ってはならない。
  ……しかし、だ。ロードレーサーが、ママチャリに、負ける。こんな事を許してしまっていいのか?
  魔法? それがどうした。こちらは軽量アルミ+カーボンシートステーフレーム使用、日本が世界に誇るシマノのコンポネートシリーズ『Dura Ace』搭載のロードレーサー(希望小売価格218,000円)だぞ? 断じて―――許せるものか!
  行くぞ、FELT・F55、2006年モデル。
―――今、お前に命を吹き込んでやる」
  呟きは静かに。ただ気迫と力を足に込め、クロノは風となった。

―――ズゴォォォォォォォォォォオオオオオ!
―――シャカシャカシャカシャカシャカシャカ!
  赤と黒。平穏な水色に包まれていた街を、その二色が嵐のごとく蹂躙していた。
  直線。ヴィータの乗った赤いママチャリが、爆発的に加速する。それは文字通りのロケットダッシュだ。前を走っていたクロノに一瞬で追いつき、そして斬り捨てるように抜き去る。例えるならばそれは稲妻。瞳を焼くほどに輝き、大気を振るわせるほどの爆音を奏で、光のごとく速く駆け抜け。
  そして、相対する者に痺れるような戦慄を走らせる。
(これが……本当に半月前まで自転車に乗れなかった少女か!?)
  そのスピードは、自転車の次元をとうに超えていた。時速は明らかに100km以上。バイクですら優に追い越すだろう。これほどの速度では、例え直線とはいえ一瞬の操作ミスが死に繋がる。並の神経では恐怖に体が震え、たまらずスピードを落としてしまうに違いない。しかし彼女はさらに加速する。
  恐怖を感じていないわけではない。死を恐れぬ戦士など、戦場では生き残れない。彼女は自らの危険を承知し、その先にある死をイメージし、それでもなお恐怖を飲み込んで走り続けているのだ。
  見つめるのはただ前方。全てが放射状に流れる世界の中で、道ばたに落ちている石ころの一つ一つまでもを見切り、自身が死ぬことのない道を突き進む。何という精神力、何という集中力だろう。使いどころを間違えている気がしないでもないが。
「まったく……眩しいな君は!」
  クロノは、心の底から思った。
  自分には直視できそうもない。目を細め無ければ、見ていられない。彼は鈍くざらついた鉄のような人間だ。彼女のような光を放つことは出来ないだろう。
  だが。彼女がいくら凄かろうが。輝いていようが。これほどのスピードでコーナーを曲がれるわけではない。
  この極限市街地レースのゴールである八神家―――当の本人達にもよく分からないシンクロニシティによりそう決定していた―――へは、この先の十字路を右に曲がらなければならない。とはいえ、それはまだ数十メートルも先なのだが、
―――ギャギャギャギャギャァァァア!
  ヴィータは力の限りブレーキを握り込んだ。無茶な制動に車体が悲鳴を上げ、タイヤは摩擦熱に煙を吹きながら、アスファルトに二本の黒い軌跡を描いていく。交差点など遙か手前。しかし、そうでもしなければとても曲がりきれないのだ。
  事実、自転車はブレーキをかけた後も、かなりの速度で滑るように進んでいく。そしてそのまま曲がり角にさしかかり、大きく膨れながらコーナーを曲がろうとしたところで。
  音もなく。陽炎のように、黒い影が内側に現れた。
(また―――追いつかれた!?)
  インコーナーギリギリ、最短距離をクロノの自転車は突っ込んでいく。しかし、その先には電柱があった。
  ぶつかる! と、ヴィータは思った。誰しもそう思い、目を覆ったことだろう。だが、そうはならなかった。
―――チッ
  耳の上の側頭部、毛先ほどの僅かな部分を電柱に擦り付け、クロノはコーナーを抜けていく。
  基本でありながら、帰結に至ったアウト・イン・アウト。突き詰めた先の究極。流れる水のように滑らかなギアシフトと、氷のように精密なブレーキ操作が可能にする、最高のコーナリング。
  音はない。輝きもない。しかし、風は見えないまま、震えだけを残して旅人を抜き去るものだ。
  それはヴィータとはまったく逆の―――凍えるように冷徹な走りだった。
「っのやろぉぉお!」
  ヴィータもようやくコーナーを曲がりきると、クロノのロードレーサーはすでにずいぶん先を走っていた。
  当たり前だ。大幅な減速とタイムロスを要するヴィータのコーナリングに比べ、クロノのそれはあらゆるロスを省き、減速を極限まで抑えたものだ。この立ち上がりは当然の結果。
  魔法を使用した爆発的な加速力と速度で圧倒するヴィータに、クロノは無駄なく、効率的に、ロードレーサーのポテンシャルを最大限まで引き出すことで対抗してくる。まったく、実に彼らしい“戦い方”だった。
  そう、彼はいつだってそうやって戦ってきた。AAクラスに毛が生えた程度の魔力量も。同年代の少年達に比べればずいぶんと小さな体躯も。彼自身の努力だけでは、どうにもならない欠点だ。しかし、それでも彼は勝ち抜いてきた。
  巨漢の敵ならば懐に飛び込んで打倒しろ。魔力量で負けるなら、戦術と多彩な手数で圧倒しろ。欠点を利点に。不利を有利に。どうにもならないならば仕方がない。だがそれ以外の、自身の手でどうにかなる事ならば、全て成す。
  それがクロノ・ハラオウンの在り方。彼の、強さ。
「ちくしょう……格好いいじゃねぇか!」
  素直にヴィータは認めた。
  自分にはそう在ることなど出来ない。彼女に出来るのは、ただ恐れず突貫するのみである。壁が有ればぶち抜く。それだけ。スマートさなどほど遠い。繊細さなど欠片もない。格好悪い。まったく持って無様なものだ。
  ああ、けれども。そうやって、無様なやり方しかできないけど、それでも。彼と同じように、そのやり方でずっと勝ち抜いてきたという事実だけは変わらない!
  そしてまた、ヴィータは加速する。

 と、まぁ。ここまでなんかそれっぽく心持ちどこぞの茸さんのような文体でやたらと格好いい描写を繰り返し、さらにはお互いがお互いを認め合ったり何かもしてきたわけだが。
「うひゃああああ、こ、腰がぁぁあ!?」
「きゃぁぁあ! おばあちゃん!? おばあちゃん!?」
「ウーワンワンワン!!」
「ジョン! 危ない近寄るんじゃない!!」
「うわちょおまwww突風でヅラがwwwwwwwwwマジアリエナサスorz」
「うるっせぇえぞテメェらあ! さっきようやく原稿が終わったんだよ!! 徹夜明けなんだよ!! あたしの睡眠の邪魔っすんじゃねぇええええ!!!」
「わあああ! お姉ちゃん落ち着いて! ベランダから飛び降りようとしないで!!」
「あ、凄いよ、あれロードレーサーって言ってすっごく高い自転車だよ! いいなぁ、欲しいなぁ」
「みなみちゃんも止めてぇぇええ!?」

 ご近所の皆さんは、とっても迷惑をしていた。

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