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■二次創作小説
 /魔法少女リリカルなのは
  / 海鳴市での
      奇抜な休日シリーズ

  ・シスター×シスター!
     01//02//03

 

 




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 シスター×シスター!(1/3)


「うわぁぁぁあああああああ――――――!?」
  その悲鳴は朝、洗面所で歯を磨いているときに聞こえてきた。
―――ドタッ、バキ、バタンッ、ドダダダダダダダダダ!
  次いで響いてきた慌ただしい物音に、口の端に泡をためて歯ブラシを咥えたまま振り返る。
「……フェイト?」
「ちぃぃぃこぉぉぉくぅううううう!!」
  少し着崩れたパジャマ姿の義妹が、もの凄い形相で突っ込んでくるのが見えて、クロノは冷静に洗面台の前から横に避けた。
  フェイトはよほど慌てているのだろう、蛇口を一気に全開までひねり、跳ね回る飛沫の勢いも気にせずジャブジャブと顔を洗い出す。
  てっきりもう家を出たのかと思っていたのだが、どうやら寝過ごしてしまったらしい。ちゃんと確認してやればよかったなとクロノは少し反省した。
  ぷはっ、とフェイトが顔を上げた。それと同時に、ひょいと横からタオルを差し出す。タイムラグ無くタオルを受け取ったフェイトは、右手で顔を拭きながら、今度は左手を歯ブラシに伸ばした。拭き終わったタオルを受け取ってやると、そのまま右手で歯磨き粉(フェイト専用チョコバナナ味だ。実はたまにリンディもこっそり使っている)を引っ掴み、ぐにぃ〜、とブラシに塗ってこれまた凄い勢いで磨き出す。
「あんまり力を入れすぎると、歯茎を痛めるぞ」
「ンーッ」
  聞いているのかいないのか。くぐもった声で返答してくるフェイトに肩を竦めつつも、クロノは彼女の後頭部からぴょこんと飛び出ている寝癖に目を向けた。
「…………」
  無言で、洗面台においてある寝癖直しのスプレーを取る。プシューと軽く吹きかけてからブラシで整えてやると、寝癖はあっさりと直った。またビヨヨンとバネ仕掛けの如く復活することもない。いつも通りの、流れる水のような後ろ髪である。
(……ちゃんと効くよなぁ)
  やはりエイミィの髪が異常なのである。彼女の髪を一本いただいて解析してみれば、何か面白い発見でもあるかもしれない。今度ちょっとやってみよう。
  スプレーを棚に戻すと、ちょうどそこでフェイトの歯磨きも終わったようで、ガラガラと二度口をゆすいですぐにとって返していった。
「クロノありがと!」
―――ドタドタドタ、バタン!
  タオルについてか、それとも寝癖についてか、多分両方にであろうがそう言って、トイレに駆け込む。
「やれやれ……」
  静かになった洗面台の前で、クロノもまたコップに水を注いで口をゆすぐ。と、
  チ、チ、チ、チーン―――ジャゴゴゴゴゴォ!
「終わった!」
「早ッ!?」
  きっかり十秒ほどで、フェイトがトイレから出てきた。着替えのためだろう、そのまままた二階へと駆け上っていった。
「そこまでせっぱ詰まってるのか……」
  ふむ、と顎に手を当てて考えながら、リビングに向かう。
  冷蔵庫を開けて何か無いかと探してみると、サンドイッチ用に薄く切りそろえられたパンが見付かった。それに挟む具として、ちょうど良くハムとレタスもある。これならすぐに用意できるだろう。
  それら三つとマヨネーズ、それから牛乳を取り出してキッチンに運ぶ。パンに薄くマヨネーズを塗り、水にさらしてちぎったレタスとハムを乗せ挟んでから、食べやすいように包丁で半分に切る。自分が食べるなら、これにたっぷりマスタードも挟むのだが、フェイトはまだ辛いものが苦手だ。簡単だが、取りあえずはこれで十分だろう。サンドイッチを皿にのせ、コップに牛乳を注ぐ。
  テーブルに運んで少し待つと、着替えを終えたフェイトが鞄を背負ってリビングに飛び込んできた。
「ああ、フェイト」
「ごめんクロノ! 急いでるからご飯食べれない!」
「自転車で送っていこうか?」
「え!?」
  振り返って驚き声を上げたその口に、はむっとサンドイッチを咥えさせる。
  ムグッ―――もぐもぐもぐ……ごくんっ
  ちゃんと噛んで飲み込んでから、上目遣いにフェイトは口を開いた。
「……い、いいの?」
「寝過ごしたのは、昨日の仕事のせいだろう? 疲れてたみたいだしな。そう言う理由があるときは、僕だって手を貸すさ」
  いいながら差し出した牛乳とサンドイッチを、今度は大人しく受け取った。
「でも、あれ二人乗りできたっけ……?」
「こないだ後輪の軸に足場をつけたから、立って乗ればいける。……まぁ、どこぞの白バイ隊員に見付からないように祈ろう」
  白バイ? とフェイトは不思議そうに首を傾げたが、直ぐさまそんな場合じゃないと気付いたのだろう。小さく首を振って、
「……あと十五分ぐらいしかないんだけど……間に合う?」
  不安そうに聞いてくる。
  その問いに、控えめだが、それでいてどこか不敵にクロノは笑った。
「間に合わせるさ。それを食べたら駐輪所の前で待っててくれ。僕も着替えてすぐに行く」
「うん……!」
  少し前までは見せなかった、子供特有の明るい笑顔でフェイトは頷いた。

 私立聖祥大学付属小学校。真っ白で上品な造りの校舎を持つ、格式高い小学校である。
  その前を、白を基調とした清楚な制服に身を包んだ子供達が、あるものは明るく友人と会話しながら、あるものは眠そうに欠伸をかみ殺しながら歩いていた。通っているのはやはり子供なので、その当たりの光景は他の学校とそう変わっているわけでもない。ごきげんようといった、いかにもな挨拶もない。しかしそれでも、やはり普通の学校には無い、特有の光景というものもあった。
  校門の前にいくつか停まっている、リムジンやベンツと言った高級車がそれだ。流石お嬢様学校というべきか(まぁ小学校は共学なのだが)、全校生徒の実に二割〜三割ほどが車での送り迎えで通学しているのだ。専用の駐車場まで用意されているのだが、時間が無くて遅刻しそうな場合、校門前に駐められることも少なくない。
  黒塗りの外国産高級車が並んでいる光景を海鳴市で見ようとすれば、ここ聖祥大付属か、さもなくばヤクザの集会場にでも行かない限りは不可能だろう。
  だが、そんな聖祥特有の中において、それはさらに異質だった。
  爆発でも起きたのかと聞き間違うようなエンジン音が、緩やかな朝の空気を吹き飛ばす。さほど広くはない校舎前の道を、冗談じみた速度で突っ込んできたその車は、タイヤを滑らせつつちょうど校門の手前で、荒々しくも華麗に停車した。
  周りの生徒たちの視線が、突如現れたそのスポーツカーに向けられる。
  そのあまりにも特徴的で近未来的な外見は、少しでも車に詳しいものならば、まず間違いなく車種を言い当てるであろう。

 『ランボルギーニ・カウンタック』

 かつての日本のスーパーカーブームの火付け役となった車であり、さらに細かく言うのならば、1984年に発表された『フェラーリ・テスタロッサ』に対抗すべく世に送り出された『カウンタック LP5000クアトロバルボーレ』だった。
  カウンタックの特徴的なガルウイングドアが開いていく。周りの視線を一身に受けながら、ゆったりと足を伸ばしその少女は校門の前に降り立った。
  日本的で艶やかな、深緑を帯びた上品な黒髪。10歳という若さにしてどことなく威厳を漂わせる切れ長の瞳。白い陶器のような肌、薄く小さな唇。総合的に見て、誰もが口をそろえて美少女と評するであろう彼女―――天森 亜鳥(あまもり あとり)は、学校指定の鞄を手に、ゆっくりと首をめぐらせた。
  こちらに向けられていた視線の一つと合い、そして次々と横にスライドしていく。
―――ああ……。
  表情には出さず小さく、しかし心からの恍惚の吐息を、亜鳥は吐き出した。
  注目を、受けている。ここにいる全員が私を見ている。なんと心地のよいことだろう。
  しかし、それが特別なことだとは思わなかった。自分はこの視線を受けて然るべき人間だろう。その自負が、彼女にはあった。
  自分は『持てる者』だ。裕福という言葉では片付けられないほど富んだ家庭。日本だけででなく国外にまで事業の手を伸ばす、誇るべき父。母親譲りの人目を引く容姿。そして、
「どうにか間に合ったか?」
  一流国立大の現役生と、世界ランカープロボクサーの二足ワラジを履く、彼女の自慢の兄。
「ええ。ありがとうございます、兄さん」
  車の中から掛けられた声に、亜鳥は笑顔を浮かべて振り返った。
「帰りは俺無理だから。誰か呼んで来てもらえ」
「はい」
  それじゃと言って、来た時同様の爆音を奏で、カウンタックは去っていった。
  それを見送ってから、亜鳥は振り返る。周りの視線は、未だこちらに向けられたまま。今日もまたこの視線の中を歩き、この視線の中で一日を過ごす。何も変わらない、幸福な一日の始まりだと、そう思っていた彼女の耳に、
「うわ、な、なんだ!?」
  その声は届いた。
「車か!?」
「バイクだろ!!」
「仮面ラ○ダー!?」
  叫びに引かれるように、亜鳥が振り向く。それが、すべての始まりだったのかもしれない。
「いや違う―――自転車だ!!」

 兄妹二人、見事な息の合い様でギリギリまで体を傾け、コーナーを滑るように曲がりきる。
「クロノ! 予鈴が鳴り始めたよ!!」
「まずいのか!?」
「鳴り終わるまでに校門に入ってないと遅刻!」
「ならスパートだ!」
  いっそう自転車がスピードを上げた。人と車の隙間を縫い、旋風を巻いて黒影が駆け抜ける。
  このままのスピードでいけば、校門までは間に合うだろう。だが、
「悠長に止まってる暇はないな、行け! フェイト!!」
「うん!!」
  後輪のブレーキを目一杯握りこみ、重心を傾ける。後輪が滑り、ちょうどフェイトをサイドスローで投げ出すように車体が回転する。
  その勢いを受け、フェイトは高く、鳥のように飛んだ。

 空を仰いでいた。
  視線を受ける側であるはずの自分が、今はただ何も考えられずに視線を向けていた。
  太陽を背に、視線の先の少女がくるりと身を捻る。長い金髪のツーテールが、まるで翼のようにふわりと広がった。
  綺麗だ、と。言葉ではなく、それは純粋な感情として、反発する隙さえ与えず心に染み込んでくる。
  そのまま校門を越えて、少女は最後まで美しく地面に着地した。止まらぬ勢いのまま、靴底がザァァッと地面を滑り、そして止まる。
  朝のざわめきは完全に消えていた。周りの人間は言葉すら発することができず、その少女を中心に据えて、視線を送っていた。気づけば、自分もその“周り”に埋没していた。
  不意に、少女がグッと親指を立てた拳を、こちらに向けてきた。戸惑い、すぐに気づく。それは自分ではなく、彼女のすぐ側にいる人物に向けられたものだった。
  兄妹なのか何なのか、あまり似ているとは言えない黒髪の少年が、同じように親指を立て返す。何もかもが、お前は脇役なのだと、亜鳥に言い聞かせてくるかのようだった。
「それじゃあ、僕は仕事に行くから。今日は遅くなるって、母さんに言っといてくれ」
「うん。がんばってね」
「君もな、フェイト」
  そう言って少年は道の向こうへと消えていき、少女もまた校舎へと走っていく。つい先ほどまで亜鳥に向けられていた視線たちも引き連れて。ただ一人、自分だけがここに残る。
  これは……いったい何なのだろう? どういう事態なのだろう? まるで、ぜんぜん知らない街に放り出されて迷子になったかのような焦燥感が、彼女の心を締め付けた。ぐらぐらと、彼女の中の芯が揺れ続ける。
  そんな彼女の肩に、ポンとまるで支えてくれるかのように手が置かれ、
「天森、お前遅刻な」
  思いっきり突き飛ばしてくれた。ずしゃりとorzな感じで地面に突っ伏す。
  亜鳥はひそかに、皆勤賞を狙っていた。
「しかし、ハラオウンにも注意しとかんとなぁ。あんな危ないことしてからに」
  フルフルと肩を震わせながら、亜鳥はその中年教師が口にした名前を記憶に刻み込んでいた。
「ハラオウン……」
  そして、少年が最後に口にしていた名前も。地面から視線を上げて校舎を睨み、決して忘れまいと、口にかみ締める。
「フェイト……ハラオウン……!!」
「つーか、さっさと教室いけ」
「あうっ」
  スパコーンと、とても小気味の良い音が亜鳥の頭から響いた。

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