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■二次創作小説
 /魔法少女リリカルなのは
  /クリスマス記念SS

  ・クリスマスに灯火を

 

 




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 クリスマスに灯火を


「本当にいいの……?」
「いいから。ほら、なのは達も待ってるんだろう?」
  本局内の休憩所で、クロノとフェイトは幾度目かのやりとりを繰り返していた。
「でも……」
  上目遣いに、どうしても踏ん切りがつかめないと言う表情で、フェイトが呟く。
  そんな彼女に、参ったなとクロノは頭をかいた。
  今日は地球の暦で言うところの12月24日で、夕方からはやての家でクリスマスパーティーが行われることになっていた。
  ところが数日前に、とある世界でロストギアがらみの事件が起こり、その対処にアースラが割り当てたれたのだ。今日に間に合わせるため、出来る限り迅速な対応をこなしたのだが、それでも事後処理がまだ残っている。
  それを、後は自分が引き受けるからと言うクロノの言葉に、フェイトはどうしても納得できないでいるらしい。
(もともと、僕はパーティーなんて柄じゃないんだがなぁ……)
  苦笑を浮かべつつ、フェイトの頭にポンと手を置く。
「頼むから行ってくれ、フェイト。君は僕の妹なんだから、これぐらいのわがままは言ってくれないと困る」
「フェイトぉ。もう時間に間に合わないよ?」
  肉がー、ローストチキンがー、後でアルフが呻く。
「ほら、アルフもああいっているだろ」
  それでもフェイトは迷うようにクロノとアルフを交互に見ていたが、やがて小さく頷いた。
「うん……。ゴメンね、クロノ」
「ああ、母さんも今年は仕事で帰れそうにないからな。皆と楽しんできてくれ。っと、アルフ、そこでダウンしているエイミィも連れて行ってくれるか? 流石にもう仕事は無理だろ」
「おう、まかしときな」
  先日からの過密労働により長椅子の上で死んだように眠っているエイミィを担ぎ、アルフが威勢よく返事をした。
「じゃあ、クロノ……ホントにゴメンね?」
  最後にそれだけ言って、フェイと達は慌ただしく廊下を駆けていった。
  その姿をやれやれと見送りつつ、クロノは肩を回す。
「さて。じゃあ、もう一頑張りと行くか」

「主はやて、どれを運べばいいのですか?」
「ああ、その辺のはもう全部テーブルにもってってかまわんでー」
「了解しました」
「わー! ヴィータちゃんツリー倒れちゃう、倒れちゃう!」
「んなこと言ったって、電球のコードが絡まって……あーもううざってぇなぁ!」
「ユーノ君手伝ってー!」
「う、うん!」
「あ、ザフィーラさん、その飾りはそこじゃなくてこっちに……で、そのおっきな星が一番上です」
「む……そうなのか」
「シャマルさん、テーブルってもうないんですか?」
「え〜っと、確か物置に折りたたみ式のがあったと思いますけど……」
  八神家は、賑やかな喧噪に包まれていた。
  未だ終わらないパーティーの準備に、集まった全員が走り回っている。
「あれ、アリサちゃんそのおっきな箱なぁに?」
「これ? んふふー」
  よくぞ聞いてくれましたと笑みを浮かべ、ジャジャーンと効果音付きでアリサは勢いよく箱を開けた。その中身を覗き込んだすずかが、アッと声を上げる。
「これ……ビンゴゲーム?」
「そーよー。ほら、プレゼント交換するって言ってたけど、ただクジで決めただけじゃつまんないでしょ? だから、ビンゴで早く上がった人から、好きなの選べるわけよっ」
「ビンゴってなんだ?」
「なにヴィータ、あんたビンゴ知らないの?」
「知らね」
  物珍しそうに箱の中身を眺めるヴィータに、アリサがビンゴゲームのカードを見せて説明を始める。ヴィータは説明を聞きつつふんふんと興味深げに頷いていた。
―――ピンポーン
「あ、誰か来た」
「フェイトちゃん達かな。あたし見てくるー」
  鳴り響いたチャイムの音に、なのはがいち早く反応して玄関に向かった。
  扉を開くと、期待していたとおりの顔が現れ、満面の笑顔をなのは咲かせた。
「フェイトちゃん!!」
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃって……まだ始まってない?」
「先にメシ食ってたりやしないだろうねえ?」
「うん! まだ準備中。もうすぐ終わるよっ」
「よかった」
  ホッと何度の吐息を漏らして、フェイトが玄関の扉をくぐる。それに続いて、何故かエイミィを背負っているアルフが……
「あれ? クロノ君は?」
「クロノは、ちょっと……」
「小僧は仕事だよ。今日中には終わらないみたいだから、多分来れないだろうねぇ」
「そうなの?」
「うん。報告書とか色々、私の分まで引き受けてくれて……」
「そうなんだ……」
  残念、とフェイトと二人声を落として俯く。
  そんな二人の背中を、ドーンと衝撃が襲った。
「きゃあ!」
「あ、アリサ?」
「なーに辛気くさい顔してんのよ二人とも。準備もう終わったわよ、ほらさっさと来る!」
「わ、い、行くから」
「アリサちゃん、襟引っ張らないでーッ」
  ずりずりと引きずられながら、二人は皆のまつリビングへと入っていった。


「みんな、コップ持ったかぁ?」
  はやてはそう言って、テーブルを囲んで立つ皆をグルリと眺めた。
「うん」
「おっけだよー」
「ほんならまぁ、始めよかぁ」
「せーのっ」

「「メリー! クリスマース!!」」

 一斉にグラスが突き出され、賑やかな宴の幕が上がった。

 カタカタと、静かな部屋の中に端末のキーを打ち込む音だけが響いていた。
  デスクの上には、食べ終えたジャンクフードの包みが無造作に放り出され、そのほかのスペースもデータディスクや、プリントアウトされた資料の山で埋まっていた。
  時折口を付けるコップに入っているのは、苦く濃いブラックコーヒーで、呑めば否応なしに脳みそをたたき起こされるような代物だ。
  そんな中でディスプレイに向かい、クロノは黙々と仕事を続けていく。事件の経緯を書き記し、調査記録をまとめ、分析し、今後同様の事件が起こりえるかどうか、有効と 思われる対処法を客観的に述べ、さらには被害記録を逐一書き連ねていく。
  やがて数時間も作業を続けたのち、クロノはようやくディスプレイから顔を上げ、一息ついた。まだ終わったわけではないが、流石に休憩を取らなければ集中力が続かない。疲労のたまった目を瞼の上から揉みほぐし、クロノは深く椅子にもたれかかった。
  そのまま何となく時計に目を向けた。今頃はパーティーも半ば、一番の盛り上がりを見せている頃だろう。フェイトは楽しめているだろうか。自分のことを、気にしすぎていなければいいのだが……。
「……クリスマス、か」
  無意識に、クロノはその単語を呟いた。
  聖夜、クリスマス。そのイベントには、少しだけ―――いや、あるいはこの世でもっとも不可思議な―――曰くがついて回る。
  あまたある次元世界、そのどこに行っても交流を持つ遙か以前から「クリスマス」と言うイベントがどこかしらの地域に根付いているのだ。それもまったく同じ時期、似た ような内容で。すなわち、サンタクロースが子供にプレゼントを届けに来る日だと。
  その起源がどこにあるのか、時空管理局にも未だにハッキリと解明されてはいない。いくら歴史をたどろうとも、どこの世界の、どこの地域から広がったのか分からないのだ。クリスマスの最古の記録が発見されても、じきにまた別の世界でさらに古い記録が見付かる。あるいは、同時期に別々の世界での記録が見付かる。果たして誰がサンタクロースなんて存在を言い出したのか。どうやって次元を超えて広まったのか。
  あるいは、もしかしたら、本当にサンタクロースは―――
「……まさかな」
  疲れているのか。くだらない妄想を、クロノは首を振って霧散させた。そんなものいるはずがない。
  もちろんクロノも、小さい頃にはサンタクロースの存在を信じていた時期があった。……ような気がする。
  父が死ぬ前の、僅かな記憶にそんな思い出がある……と思う。
「いや、どうだったかな……え〜っと……なんか父さんに聞かされて、寝れなくなったような……いや、母さんだったか……?」
  どうにもあやふやな記憶に、クロノは頭を抱えて唸った。
  と言うか、思い返せばクリスマスをパーティーやらなんやらで楽しく過ごした記憶がない。父が死んだ後はひたすら魔法の訓練に打ち込んでいたし、それ以前の思い出など 本当に砂粒の欠片のようなものしか覚えていない。毎年、母からささやかなプレゼントが届いたりしていたが、そのプレゼントに要求していたのは魔導の参考書やら、デバイスのパーツやらだった。管理局に入局してからは、それすらもう子供じゃないからと突っぱねていた。そう言えばそう伝えたときの母は、非常に寂しそうな顔をしていた気がする。当時は気にしなかったが、悪いことをしたかもしれない……。
  去年は去年で、フェイトのために家族での食事を予定していたというのに、闇の書事件でお流れになった。
「……止めよう。なんか寂しくなる」
  若干自嘲気味な笑みに口元をゆがめ、クロノは冷めたコーヒーを飲み干した。
  さぁ、もうそろそろ仕事を再開しよう。まだ先は長いのだから。と、再度ディスプレイに向かったときだった。

―――シャン、シャン、シャン、シャン……

 どこからともなく、鈴の音が聞こえてきた。なんだろうと、窓に目を向ける。外には暗い中にポツポツと見える窓の光と、そしてユラユラと降り注ぐ小粒の雪が見えた。
  雪か。そう言えば向こうは雪が降っているだろうか? 降っているなら、彼女たちも喜ぶのだろうが―――
「って、雪!? ここは本局内だぞ!!」
  本局というのは、言わば街一つをまるまる詰め込んだ巨大な次元航行艦だ。そんな中で、雪など降るはずがない。
  どういう事だと慌てて立ち上がった瞬間、すさまじい轟音が部屋の外の廊下から響き渡り、全ての電源が落ちた。
「ッッ―――報告書があぁぁぁぁあ!!!!??」
  この世の終わりのような悲鳴を上げ、クロノは仰け反った。
  いや、待て落ち着け。三十分ほど前に一度バックアップを取っている。ハードディスク自体がイカレてなければ被害は少ないはずだ。
  点灯する赤い非常灯。鳴り響く緊急警報。その原因を突き止めるべく、クロノはデバイスを握りしめて部屋を飛び出した。
  その先に。
  トナカイがいた。そして、ソリがあった。大穴を開けて崩れ落ちた外壁から、冷たい風がビュウビュウと流れ込む。
  トナカイは、厳密にはトナカイではなかった。その身から漏れるのは鳴き声ではなく、機械の駆動音。身体の被うのは体毛ではなく、メタリックな金属フレーム。関節は複 雑なギミックにギィギィと音を立て、瞳に宿すのは鈍いセンサーの光だ。それはトナカイをもした、機械人形か。いや、
(まさか、クーリッチデバイス……か? 放浪の民アラドアの……)
  アラドア民族は、かつて故郷の世界を失い次元世界を渡り歩いて暮らしていた民族で、かつての大災害により滅んだとされていた。そしてクーリッチデバイスは、彼らの持 っていた非常に特殊なデバイスだ。ミッドチルダやベルカのデバイスとはコンセプトの根本から違う。デバイスの補助を受け術者が戦うのではなく、術者の魔力と命を受けデバイス自身が戦うデバイス。その形状は大抵の場合において動物などの姿を模したモノが多く、性能や装備もそれに会わせた形で搭載されていると聞く。術者の技能ではなく、デバイスに搭載されている機構や装備によって能力が固定されるため、汎用的な使い方は出来ないが、それぞれのデバイスに合ったフィールドであれば、恐るべき能力を発揮したと言われていた。が、クロノが実物を見るのは初めてであったため、それが本当なのかどうかは知らなかった。士官学校時代に教本で習っただけなのだ。
  何せクーリッチデバイスは、アラドアの民が滅んだためにその製造技術自体が失われ、それ自体がロストロギアに指定されている。時空管理局も、完全に起動するクーリッチデバイスは片手で数えられる程度しか保持していないはずだ。そして、それも厳重に保管されていた。
  そんなモノが、何故ここに。
「ってぇ……。ちっきしょー、まさか時空管理局の本局にとんじまうなんてなぁ。ついってねぇー。ランダム転送も考えもんか? いやでも、自分で選んでたんじゃ公平じゃねっしよー」
  やたらゴテゴテと物々しい装備が搭載されたソリ―――らしきもの上からそんな呟きが聞こえた。
  その声に、ハッとなって身構える。
  ソリの上に降り積もっていた瓦礫をガラガラと押しのけながら、その人影が現れた。その人物を見た瞬間、今度こそクロノは驚きにまん丸と目を見開いた。
  赤いモコモコとしたコートとズボン。白い雪玉のような飾りの付いた帽子。トナカイ、ソリ。白髭は蓄えていなかったが、これでは、まるっきし、
「さ、さんたくろーすぅう!?」
「ってもさー、いくら不法進入だからっていきなり砲撃はねっよなー。こちとら子供に夢を与える慈善事業のボランティア様よ? 愛がなくね、愛が」
  クロノの素っ頓狂な叫びにも気付かず、サンタらしき人物はひたすら軽薄な独り言を呟きながら、よっこいせとソリに座り直した。
「まぁ、ノンビリしてらんねーし、取りあえずいっくぞー。オラー、気合い入れろレッディーノウ!」
  叫び、手綱をピシリと打ち付ける。トナカイ型のクーリッチデバイスが大きく嘶き、ソリのそこかしこに備え付けられた排気ダクトから、盛大に魔力残滓を吹き上がった。
「ま、待て!!」
  それを追い、慌ててクロノは走った。トナカイ型デバイスに引かれてソリが飛び上がる直前、どうにかその後方に飛び掴む。その彼の顔に、ブワァア! 
と猛烈な勢いで冷たい何かが吹き付けられた。
「ぶわっ! な、なんだ、これ……雪?」
  どうにかこうにかその吹きつけから横に逃れ、自分の顔に付いていたものをクロノは確かめた。見れば、ソリの後に取り付けられた排出口から、白く輝く粉雪が、勢いよく排出されている。
「なんだって言うんだいったい……」
  頭痛すら覚えて、クロノは呻いた。
「おっとぉ、ガキレーダー反応有りだ! レッディーノウ、七時の方向!!」
  突如としてソリが急旋回し、クロノは紙切れのように振り回された。
「照準あわせー!!」
  ガチョンガチョンと音を立て、ソリの底部に取り付けられていた三本の砲塔が一つの建物に向けられた。
  あの三階建ての白い建物は確か、子持ちの局員のための託児所だったはずだ。
(託児所を……砲撃!?)
「装填ー、うってやおらぁぁぁああ!!!!」
「待っ―――!」
―――ボスン!
  と、予想とはかけ離れたやたら気の抜ける音を立てて、砲弾(?)が放たれた。
「……へ?」
  よく見れば、それは砲弾などではなくリボンを結び綺麗にラッピングされた小綺麗な包みで……建物の外壁に当たる直前、シャンと鈴のような音色を立て前方に現れた小さな魔方陣をくぐり、すり抜けていった。
「クリスマス……プレゼント?」
「おーしゃー。次ー、連装ー連発ーうっちまっくれー!」
  ボスン、ボスン、ボスン!
  かけ声に合わせ、三つの砲塔から次々とプレゼントと思われるものが撃ち込まれていく。
  託児所の内部から、悲鳴とも歓声ともつかない叫びが上がっていた。
「む、無茶苦茶だ……」
「こらそこのー! そこのー……えっと、そこの変なのー!! 大人しく停止して投降しなさい!!」
  そこへ、ようやく本局詰めの管理局員達が追いついてきた。飛び続けるソリの後を追いながら、必至に停止勧告を叫び続ける。これに応じなければ、おそらく直ちに砲撃が 始まるだろう。
「やばいぞぴんちだ恐いおっさんが来た! この辺おさらば、ぶっ飛ぶぞレッディーノウ!!」
  サンタ―――と呼ぶにはものすさまじく抵抗があるが―――の叫びに、トナカイがまた大きく嘶いた。シャランと一際大きく鈴の音が響き、大きな魔方陣が現れる。
「メリィィィイ! クリィスマァァァアアス!!」
  そのまま、トナカイはソリを引いて魔法陣に飛び込み―――クロノの視界はぐにゃりと歪んで瞬いた。

 楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。それこそ夢のように、目が覚めればその楽しい一時など幻であったと、錯覚を覚えてしまうほどに。
  とはいえ、パーティーはまだ続いている。むしろ、今が一番盛り上がっているときだろう。だと言うのに、何故だか不意にフェイトは目覚めてしまい、ぼぉっと窓から夜空を見上げていた。
「どうかしたのか、テスタロッサ」
  そんな彼女に気付いたのか、ふとシグナムが声をかけて横に並んできた。
「あ、いえ……。その、今年は雪が降らなかったなぁって……」
  とっさに思い浮かんだ言い訳を、フェイトは述べた。シグナムはなるほどと納得したように呟く。
  その様子に、ちゃんと誤魔化せたかなと安堵して、フェイトは持っていたグラスに口を付け、
「やはりクロノ執務官のことを気にしているのか」
  ブホッと咳き込んだ。
「だ、大丈夫か?」
  そこまで反応されるとは思っていなかったのだろう。珍しく慌てた感じで、シグナムがフェイトの背中を撫でてくる。
「ケホ、ケホッ……な、なん……ケホッ……で……?」
  涙目になって咳き込みつつも、どうにかそれだけ言葉にする。
「いや……何となくなんだが」
  やがて、ようやく咳もやみ、フェイトは大きく息をついた。
「……シグナムは」
「ん?」
「クロノのこと、どう思いますか?」
「クロノ執務官のことを?」
  ふむ、と顎に手を当ててシグナムは少しだけ考え込んだのち、迷い無く口を開いた。
「素晴らしい魔導師だと思う。魔導技術もさることながら、それを扱う応用力、あらゆる状況に対応できる視野の広さ、判断力はあの歳でそうそう身につけられるものではない。経験も豊富だ。指揮官としては申し分ないな」
「じゃあ、クロノは大人だと思いますか?」
「それは……」
  だが、続けてかけられた問いかけに、シグナムは言葉に詰まった。再び、今度は長い時間考え込み、それでも答えが出ずに眉目を寄せて唸る。そんなシグナムに、フェイト は気付かれないように苦笑を浮かべた。
「クロノは、私にわがままを言ってくれって言います。それはとっても嬉しい。今日だって、凄く嬉しかった。でも……やっぱり、それだけじゃ、なんか、嫌なんです。クロノは私のお兄ちゃんで、けど、お父さんじゃないんだから」
  クロノと自分は、今は同じ、母の―――リンディの、子供なんだから。
「私だって、クロノがわがままを言うところ、聞いてみたい」
「なるほど、な」
  ようするに自分は、クロノにもっと近づきたくて、クロノにもっと近づいてきて欲しいのだろう。そして、結局それも自分のわがままだ。
「難しいです。兄妹って……」
  暖房の効いた部屋の中、そっと透明なガラスに触れる。向こう側に広がる外の風景。すぐ目の前に見えるのに、その寒さは感じられなくて、ガラスに触れてやっと冷たさが 分かる。見えない隔たり。せめて雪でも降れば、冬の夜の寒さを、幻想ででも感じられるのにとフェイトは思った。

 一瞬の後に、眼下には見知らぬ街が広がっていた。
  いや、この建造物の特徴は確か見覚えがある。円筒状の建造物とそれを繋ぐ蜘蛛の巣じみた空中路。それに、あの三本の螺旋塔。二つの歪んだ月。
「第328次元世界……キキローペ!? こんな長距離の次元転送を、ロクに詠唱も無しで……」
  これがクーリッチデバイスの能力だとしたら、確かにロストロギアと呼ぶにふさわしい。だが、今は感心よりも先にする事があった。ぐっと腕に力を入れ、ソリの縁に足を かける。
「おーおー、今度はまともな街だ! ガッキがウヨウヨいるぞーやっぱり神さんはアタシの味方だ、信っじてたぜー!」
  装填ー、装填ーと叫びつつ、サンタがガチャガチャとレバーらしきものを弄る。その後から、クロノはS2Uを突きつけた。
「そこまでだ」
「ああん?」
  サンタが振り返る。そこで初めて、クロノはこの人物が女だと言うことに気付いた。二十代半ばの、少しきつめの瞳をした女性。
「うお、なんだテメェ誰だどっから現れたっ。ご、ゴキブリか? 黒いし」
「違う!」
  僕はそんなにテカっちゃいない。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。今すぐクーリッチデバイスを停止させろ」
「しっつむかんー?」
  顔に突きつけられたデバイスに怯むことなく、女性は上から下までじっくりとクロノの姿を眺めた。
「……ガキじゃんね?」
「執務官だ!」
「だめだぞー? 嘘はだめだぞー? プレゼント貰えねっぞー?」
「いるかそんなもの! 十五にもなって!」
「じゅうごお?」
  再度、女がクロノを下から上まで観察する。一笑にふされた。
「あ、そぉかそぉか、管理局員変身セットが欲しんだな? 待ってろよー今出してやっからー」
  ピキッ
『Stinger Ray』
  軽く流してソリの隅っこに置かれていた白い袋に手を伸ばした女の頬をかすめ、蒼い光弾が飛んだ。
「もう一度だけ言う。今すぐデバイスを停止させ、投降しろ。本局への侵入、管理下世界への転送を用いた無断入国、民家へ向けた無差別な魔法の使用、ロストロギアの不法所持、貴方がやっていることはれっきとした犯罪だ」
  厳粛に、執務官としての顔を向け、勧告する。
  告げられた女性は、キョトンと少しだけ驚いた表情で杖の先を眺めていたが、やがてニヤリと笑みを浮かべて前に向き直った。
「やだね」
  言葉と共に、手綱を握る。
  ギシリと歯がみして、クロノは杖を握る手に力を込めた。ならば仕方がない、自分は執務官としての職務を全うしよう。
  非殺傷設定。プロセス、オーバー。
『Stinger―――
  カッと、発光が目を焼いた。
「!?」
「レッディーノウ!」
  鈴の音と共にソリの横に魔法陣が描かれ、横合いから向かってきた砲撃魔法を吸い込んだ。砲撃はそのまま、反対側にも生まれていた魔法陣から飛び出し、空の彼方へと消 えていく。
「キキローペの自衛組織か……!」
「あーあー来ちゃったよまた恐いおいちゃん達がさー。んっでもまだこの辺ばらまいてねっからなー。気っ張るかぁレッディーノウ」
  ピシリと手綱が打ち鳴らされた。ブルルとトナカイ型クーリッチデバイスが首を振るわせ、走りを加速させる。
  その急な加速にバランスを崩し、クロノは膝を付いた。
  追いすがる魔導師達のデバイスから、網の目のように砲撃が放たれる。その隙間を縫って走るソリ。
「まぁったく、おんまえらはさー、もっとクリスマスを楽っしめよなー!」
  笑いつつ、叫びつつ、サンタがデタラメかと思うほどめちゃくちゃにレバーを引き倒す。
  聖夜の街。月の下。トナカイに引かれたソリは、雪を振りまき、追っ手を振りまき、プレゼントを振りまき続ける。
―――シャン、シャン、シャン、シャン
  響く鈴の音。瞬く魔法陣の星。夜空を走る砲撃魔法は流星の群れか。子供がキャンパスに描いたような、この上なく無茶苦茶な幻想的光景に、クロノはめまいを感じて頭を 抱えた。
「夢なら覚めてくれ……」
  まったく、本当に夢のような光景だ。悪夢だが。
「っと、ぼーず。ちょいと、そこに落ちてる取ってくれね? その石っころみたいなヤツ」
  本当なら応じる必要など全くないのだが、頼み事に対する殆ど無意識な反応として、クロノは足下に目をやった。
  彼女の言葉通り、そこには子供の拳ほどの大きさの何かが落ちていた。
「これ、は……」
  それを拾い上げたクロノは、まるで石かと思って握ったら犬の糞でした、みたいな感じでひたすらに顔を引きつらせて掠れた言葉を吐き出した。
「じ、人造……リンカーコア……」
  リンカーコアは本来、魔導師の素質を持つ人間や、一部の生物の体内でのみ生成される物で、それを人工的に作り出すことは管理局の技術を持ってしても不可能だ。しかし かつての滅んだ文明の中には、それすらも可能にする物もいくつかあったことは確認されている。要するに、これもまたロストロギアだった。
  しかも、よく見れば足下には同じような物がまだいくつか転がっている。
「あっりがとよー」
  身体を固め、ブルブルと震えていたクロノの手の中から、サンタがサッとそれを掠め取る。
「ほーれ、餌だぞー」
  言葉に応えて、トナカイの背中の一部がパカッと開き、それこそ本当に石ころを扱うように、人造リンカーコアが―――ロストロギアが放り込まれた。クロノはパクパクと金 魚みたいに口を開き、呆然とそれを眺める。
  トナカイの脇から排気ダクトが開き、魔力残滓が吹き上がる。さらに走りが加速する。
「な、なんなんだ……あなたは一体!!」
「んあ〜? ばっかおまえ、何言ってンだよ。んなもんなぁ」
  ぐっと背を仰け反らせ、逆まにこちらを向いた顔がにま〜っと笑みを向けた。
「サンタクロースに、来まってんだろぉお?」
「そんなバカみたいな存在がいてたまるかっ」
「いやまぁ、実際あたしゃバカだっしなぁ」
「そう言う話じゃない! いや、それよりもこれだけの数のロストロギアを、一体どこから!」
「じーさまに貰った」
「じーさまって……!」
「えーい、ごちゃごちゃうるっせぇな、おまえは。センコーみたいに!」
  ズビシッと、クロノの鼻先に指が突きつけられる。
「とにかくだ! これはじーさまからもらったもんだ! そのじーさまはばーさまからもらった! んであたしらはそのばーさまのじーさまのじーさまのばーさまのじーさまのひいひいひいひいひいひいひい……えーあー、とにかくえらく昔のひいじーさまの頃からこれを続けてんだ!! 悪いかっ」
「犯罪だ!! 時空管理法で禁止されている!!」
「知るかっての! いや、マジで。法律の勉強なんぞしたことねっし」
「今教えただろうッ」
「まぁ、仮にそっだとしてもだ。―――法よりも、ガキの笑顔だろっがよぉおッ」
  グンと、ソリが高度を下げた。高くそびえる建造物の間を抜け、横に走る幾本もの空中路の隙間を潜り抜け、周りにプレゼントを撃ち込み続ける。お返しとばかりに撃ち返 される砲撃魔法は、巧みな飛行に翻弄され、擦ることも出来ない。しかし、その中の一発、撃ち下ろすように放たれた砲撃魔法の直線上に、空中路を歩いている小さな子供がいた。
  ハッと振り向くサンタ。
「!? レッディーノ―――
『Round Shield』
  だがそれよりも早く、クロノの防御魔法が砲撃を受け止めていた。
「まったく、考えも無しに撃つな……!」
  弾かれ、霧散する光。無事に立ちつくす子供を確認し、クロノは小さく毒づいた。
  少年は何が起こったのか理解できなかったのだろう。キョトンとした顔で、辺りを見回していたが、やがて空を飛ぶトナカイとソリを発見して、大きな歓声を上げた。
「サンタ! サンタだー!!」
  と大きく手を振り回しつつ、こちらを追いかけてくる。
「やっるぅ。ほれ、ぼーず」
  何を考えたのか、サンタは白い袋から取り出したプレゼントをクロノに投げ渡した。さっきから何度もその袋からプレゼントを補充していたが、アレも何か特別な品なのか もしれない。それはともかくだ。
「……なんだこれは?」
「プレゼント。さっさとあのガキに渡してやれよー」
「なんで僕がそんなことしなきゃならない」
「うわ、ヒデッ。せっかくサンタに会えたってのに、あのガキはプレゼント貰えねっわけだな。かっわいそーに、グレんぞっ。ちなみにアタシはやらんっ」
  その言葉に、クロノは激しく眉をしかめつつも、少年の方を振り返った。少年は、未だにこっちを追いかけて手を振っている。
  その笑顔に―――やがてクロノは諦めたようにため息をつき、プレゼントを放り投げた。受け取った少年は、顔を輝かせ、さっきよりもさらに勢いよく手を振ってくる。
「ありがとーー!!」
  大きく響く声。ポリポリと。どうしていいか分からず、クロノは頬を掻いた。
「ほれな?」
「……なにがだ?」
「最高だろってこったよ! さぁてレッディーノウ、この世界はこの辺で終わりだ、次行くぞ次ー!!」
  そして、トナカイとソリはまた次元を超えた。

「私もな、テスタロッサ」
「え?」
  ふと、並んで立っていたシグナムが呟いた。
  今はもうパーティーも終盤、最後の締めとして、プレゼント交換を目的としたビンゴゲームが行われていた。皆、自分のビンゴカードを握りしめ、アリサの持ってきたオモ チャがはき出すボールに、集中している。
「最近、悩むことが多いんだ」
「28ー!」
  アリサの叫びに「お、当たりだ」と、シグナムがカードに一つ穴を開ける。その様子を、フェイトは不思議そうに見上げていた。
「私は騎士だ。主を守護し、剣を振るう。主に戦えと言われれば、私は迷う事無く戦うだろう。しかし、主はやては私達を家族だという……」
「それが……悩みなんですか?」
「初めのうちは得に悩むことはなかった。同時に、感慨もな。その言葉の意味も理解しようとしないまま、今までの主と同じように接してきた。違ったことと言えば……食卓を共にしたり、よく話しをしたと言ったぐらいか」
  アリサの声と、皆の歓声。それを背景に、シグナムの言葉はとつとつ綴られる。
「しかしやがて、それが嬉しくなってくるとな。家族と言うことについて真剣に考えるようになる。そして悩むんだ。私は主はやてにとって、なんなのかと。母ではない。姉というのも、なぜだかしっくりこない。家事など、主に頼りっぱなしだしな……。むしろ子供や妹といった方が一番しっくり来るような気がするが……主はやてはまだ子供で、私はこんなナリだ」
  ヴィータならともかくな、とシグナムは苦笑混じりに肩を竦める。彼女の長身が、少しだけ小さく見えた。
「シャマルは、あれで主婦が板に付いてきている。ザフィーラは……まぁ、ペットか?」
「それはちょっと酷いですよ」
  二人は、クスクスと小さな忍び笑いを漏らした。しかし、それもすぐに沈んで消える。
「……私だけが、家族という枠の中からはみ出しているような気がするんだ。気のせいなのかもしれないが……どうしても、そう考えてしまう」
  その呟きに、フェイトはすぐに言葉を返すことが出来なかった。そんな事は無いというのは簡単だ。けれど今の自分には、気軽になど言えない。
  兄妹になりきれていないと感じる自分。家族としての自分が分からないシグナム。二人、同じような悩みを抱えている。
「家族というのは難しいな、本当に」
「ええ……」
  だから、頷くことしかできない。自分も探している答えを、相手に教えることなど出来る若がないのだから。
「次は……43−!」
  ハッと、フェイトは思い出したように自分のカードを見下ろした。43、43……残念ながら、その数字は見付からない。しかし、横で「うん?」とシグナムが首を傾げて呻いた。
「これは、上がりでいいのか?」
「え? どれです?」
  首を伸ばして、シグナムの持っていたカードを覗き込む。そこには、斜めに一列、綺麗に並んで穴が空いていた。
「あ、そうですよ、これ上がりです。宣言しないとっ」
「むっ……。えっと……あー、すまない。上がったようなのだが……」
  カードを掲げて言ったシグナムに、皆が一斉に、え!? と振り返った。
「うそ、まだ10回もいってないのに!? ていうか、駄目ですよシグナムさん。四つ揃った時点でリーチって言わないとっ」
「そ、そうなのか? すまない、初めてなものでな……」
  アリサの言葉に、気まずそうな顔頭を下げる。
「いや、まぁかまいませんけど……。えっと、じゃあ一番って事で。この中から好きなの選んじゃってください」
  そう言って、アリサがテーブルの上を手で示す。そこには、皆が持ち寄った大小様々なプレゼントがずらりと並んでいた。
  ちなみにどれが誰のプレゼントなのかは、本人以外には分からないようになっている。
「それでは……私はこれを」
  少し悩んだ後、シグナムはその中でも割と小さめの包みを手に取った。
「あ、それあたしのやー」
「そうなのですか?」
  はやての上げた声に、シグナムが少しだけ驚いたように振り返った。
「そうやー。中、開けてみてや」
「では、失礼をして……」
  丁寧にシールをはがし、袋の中身を取り出す。それを見て、シグナムは小さく吐息を漏らした。
「これは……手袋、ですか?」
「あたしの手作りやっ。手袋なら、サイズもあんまり気にせんでええからなぁ」
「主が、自分で……?」
「着けてみてくれるか?」
「あ、はい」
  シグナムは少し慌てながら、クリーム色のシンプルな手袋に手を通した。両手にはめ、少し指を曲げたりしながらそれを見つめる。
「どや?」
「はい……暖かい、です」
  手袋の肌触りを確かめるように、両手を頬に添える。
  その隙間から、フェイトも見たことのない、子供のような笑顔が一瞬だけ覗いたのを見て、彼女は少しだけ後悔した。
「やっぱり……どう見たって家族だよ、シグナム」
  あのとき、やはりそう言っておけば良かったと。
 

―――シャン、シャン、シャン、シャン
  鈴が鳴り、星は生まれ、そして相変わらず砲撃魔法もついて回る。
「ほれ、プレゼント補充ー! ついでに餌もー! はやーっく、はやーっく」
「ロストロギアを餌呼ばわりするな!!」
  結局、流されるままにクロノはサンタの手伝いを続けていた。一体幾つの次元世界を渡り、幾つのプレゼントをばらまいただろう。数えるのもばからしい。そもそも、自分 の今やっている行為自体が、バカの極みだ。まだ仕事も残っているというのに。
「くそっ。本当に何をやっているんだ僕は……」
「ほれ文句たっれんなー。もうへばったのかぁ? あたしゃ毎年ひっとりでやってんだぞぉ?」
「疲れた訳じゃない! なんでこんな事してるのかと嘆いてるだけだ!」
「ばっかおまえ、そんなんガキのために決まってんだろー? クリスマスだっしなぁ」
「クリスマスに、サンタか! 伝承通りに、子供の願ったプレゼントを配るために!?」
「今更聞っくまでもねー!」
「じゃあ―――死んだ父親が欲しいと願った子供にはどうするんだ?」
「…………」
  それは、特に深い意味はない。これだけ好きにこき使ってくれた仕返しにと、咄嗟に口を出た言葉だった。
  しかし、彼女はそれまでのやかましさが嘘のように、押し黙った。冷たい冬の風が肌を刺す。鳴り響く鈴の音が、どこか遠く聞こえた。
「……そいっつは無理だ」
  やがて。小さく、しかし相変わらずの口調で彼女は答えた。
「アタシは神さんじゃねっから、そんなもんは用意できん。出来るのは、せいぜいその父親の代わりに、適当なプレゼントをくれてやるくらいだ」
  その言葉に、どんな気持ちが込められているのか。何故だか、クロノには分かる気がした。
「クリスマスはよっ。ガキにとって、絶対にあるべき、当たり前にあるべき日なんだよ。何でかわかっか?」
「いや……」
「ガキには家族が! 兄妹が、親が、当たり前にいてしかるべきだからさ!! そして、家族と一緒に笑顔でいるべきだからさ!!」
  そして、何故自分は彼女の行為を手伝っているのか。彼女を逮捕しないのか。
「サンタッつってもな。本当に、この世の全てのガキにプレゼント配れるわけがねんだよ。せいぜい、一晩で一万ちょいがいいとこさ。けどな、アタシがプレゼントを配ってよ、クリスマスって言葉が、サンタって言葉が広まっだろ? そしたらよ。それを聞いた親が、子供にプレゼントをやるんだよ! 親が笑顔をやるんだよ!! 兄弟と笑いあうんだよ! 家族を噛みしめんのさ!!」
  それはきっと。自分の夢と、彼女の夢が似通っていたから。誰もが、当たり前の幸せをつかめるようにと言う、願いが。
「だからアタシはプレゼントを配る。あたしらは種火だ。聖夜に大きな火を灯すたっめのな。ああけど……ちっくしょー親のいないガキかぁ、そうだよなぁ、そんなガキもいっぱいいるよなぁ!! どうすりゃいいんんだろなぁ、そのガキ共は! わっっかんねぇなぁ、くやしいなぁあ!」
   どっちくしょぉぉぉおお!!!!!
 彼女の慟哭が夜空に響き渡った。
 仰いだ顔。その表情は伺えず、影に隠れていた。立てればその顔を見下ろせるかもしれない。けれどそうする代わりに、クロノは袋からプレゼントの包みを取り出して、その顔の上にボンと放り投げた。
「てっ」
 小さく悲鳴が上がる。その背中に、クロノは小さく言葉をかける。
「まだ夜は終わってないだろ」 
 しばらくは。その言葉にもなんの反応も示さなかった。しかしやがて、ゆっくりと首が傾いでいき……顔の上にのっていたプレゼントがポトリと落ちるのと同時に、ガバッと彼女は前を向いた。
「まったく、その通りだ! よっしゃ次だ! 次の世界に! 次のガキ共の所に! とっっぶぞレッディーノウ!!」
―――シャラン!
 そしてまた、サンタは飛ぶ。鈴を鳴らし、雪を振りまき。小さな灯火のような、赤い服を身にまとって。
 クロノも一緒に、いくつもの世界を渡る。様々な世界。様々な夜。様々な子供たち。やがて幾度目かの転送を超えて訪れた世界に、クロノはソリから身を乗り出した。
「ここは……海鳴市?」
 呆れた偶然もあったものだ。世界など、本当に星の数ほど存在するというのに。
「なんっだ、お前の世界か? ここ」
「ああ、まぁ……そんな所だが」
 故郷というわけではないが、今彼と、彼の家族が住んでいるのは、この世界だ。
「んじゃまぁ……ここでお別れっかねぇ」
 ソリを止めて、彼女は振り返った。
「いや、しかし……」
「いっから。悪かったなぁここまでつき合わせて。いや、正直マジで本気で。ま、お前は、おっまえのクリスマスに言って来いっての」
「そう……か。そうだな……じゃあ、僕はこの辺で失礼しよう」
 もともと自分はサンタなんて柄じゃない。一夜限りの臨時雇いだ。
 飛行魔法を起動させ、ソリから飛び立つ。
「っと、ちょい待ち」
「うん?」
 その背に声をかけられ、クロノは振り返った。
「プレゼントは何がいい? 何でも言ってみ」
「……僕にか?」
「ほっかに誰がいんよ? ガキはプレゼントをもらうもんだろー?」
「もう十五なんだがな……」
「十五なんざ十分ガキだガキ。ほれ何でもいっから。言うだけならタダだぞー?」
「……ふむ」
 クロノはあごに手を当てしばし考えた後―――おもむろに、懐から待機状態のデュランダルを取り出した。デバイスモードへと起動させ、彼女に差し出した。
「なら、この封印を一時的に解いてほしいんだが。出来ればばれないように」
 現在、デュランダルは、性能を抑制するための封印処理が施されている。その氷結特化回路により可能となる氷結魔法『Eternal Coffin』があまりに強力すぎるからだ。一度発動させれば、海を水平線の彼方まで凍らせ、街一つぐらいなら丸ごと氷結させられる。その威力は、たとえ執務官といえど個人の判断で使っていいレベルではないと管理局上層部は判断したのだ。
「ふぅ……ん。結っ構厳重そっだなぁ……」
「出来るか?」
「……ちょい待ち」
 言うが早いが、ソリの底にあった保管庫を開き、ガサガサと漁り出す。やがて、一つの奇妙な形をしたコンソールデバイスを取り出した。
「それは?」
「じーさまのだ。じーさまたち昔、役に立ちそうなもの探して遺跡荒しとかしてたらしっからよ。そんとき使ってた奴だ。てーか、たぶんこれもロストロギア」
「……やはりあなたを逮捕するべきなんじゃないかと思えてきた」
「時効だじこー。てーかあたしはやってねっし」
 気にした風もなく、そのロストロギアをピポっと起動させる。するとしゅるしゅる生き物のように二本のコードがデュランダルに伸び、接続された。
「え〜っと、確かこれを……あれ、こうか? これがこうで……このアプリケーションで防壁を……」
 コンソールをいじりつつ、あーでもないこーでもないと呻き続ける。その様子にかなり不安になりながらも、クロノはおとなしく待ち続けた。
 やがて、小さな起動音を奏でて、デュランダルの先端に施されていた封印外装が開いた。
「おしゃ! とりあえず、十分後に再封印されるようにしといたから。これでいっか?」
「すまない、助かる」
「いいってことよー。ほんじゃま、クリスマスを楽しみな」
 そうして、サンタは去っていった。
 その姿をしばらく見送って、クロノは肩をすくめた。
「楽しめといわれても、パーティーはほとんど終わりかけだろうけどな」
 それにすっかり忘れていたが、仕事もまだ残っている。それを無視して、今から楽しめといわれてもさすがに無理だ。
「けどまぁ……少しぐらいクリスマスらしいことをしてもいいか」
 リンと、クロノの足元に大きな魔方陣が生まれた。
「天候操作系はあまり使わないんだが……まぁ、何とかなるだろ」
 瞳を閉じ、ゆっくりと杖を振るう。足元に広がっていた雲が大きく渦を巻き、寄り集まって肥大していく。
 クロノのつぶやきとともに魔方陣から回路のような線が延びた。街を覆うほどに広がっていた雨雲に這い回り、そして一瞬だけ青白く輝いた。
―――サンッ
 それを見届けて、クロノは大きく息をついた。これで、彼のクリスマスは終わりだ。
「思い返せば、プレゼントもあげてなかったからな……。まぁ……これで勘弁してくれ」
 メリークリスマス。
 届くはずのない呟きを残して、クロノはサンタと同じように、去っていった。

「あ……」
 窓の外に目を向けた瞬間、フェイトは弾かれた様に外へ飛び出して行った。
「フェイトちゃん!?」
 横にいたなのはが、驚いて声を上げる。けれど、追って外に目を向けた瞬間、すぐにその理由が理解できた。
「雪だー!」
「え、うそ!?」
「マジか!?」
 なのはの叫びにつられ、皆が窓に詰め寄った。
「最後の最後できたね。天気予報じゃ、降らないって言ってたけど」
「クリスマスやからなぁ。やっぱ雪が降らんとしまらへんよ」
 それぞれが呟きながら、フェイトと同じように外に下りてくる。
 いち早く外に出ていたフェイトは空を見上げ、まるで雪を受け止めようとしているかのように大きく手を広げていた。
「……雪だるま、作ろう」
「え? そんなに積もるかなぁ」
「積もるよ、きっと。絶対作る」
 開いた手に雪が触れる。肌を刺す冷たさ。その感触が嬉しくて、フェイトは優しく、逃がさぬように手を握り込んだ。

 全ての仕事をやり終え、クロノはベッドに倒れこむように眠りこけていた。
 真っ暗な部屋、仰向けに寝そべったその顔は、普段の厳しさも抜け、本当に子供のように見えた。
 ふと、その部屋の中にクルンと小さな円が生まれた。その向こうから、ひょっこりとシャマルが顔を覗かせる。
「どないや、シャマル?」
「大丈夫です。ぐっすり寝てますよぉ」
「ほんとに?」
「ええ」
「それじゃあ、起きない内に早くしないと」
 シャマルが顔を引っ込め、今度ははやてが顔を出した。
「よい、しょっと……。起きたらチンして食べてやー」
 旅の扉から身を乗り出し、その手に持っていたお皿をそっとデスクの上においた。お皿の上には今日作られた料理がこぼれそうなほどに載せられていた。
「クロノくーん。翠屋のケーキだよー……」
 今度はなのはだ。小さく呟きながら手を伸ばし、ケーキの入れられた箱を置く。途中、身を乗り出しすぎて内側に落ちそうになり、フェイトにあわてて抑えられていた。
「なのは、気をつけてっ」
「うう……申し訳ないです……」
 そして、最後にフェイトが顔を見せた。慎重に、そーっと体を乗り出し、コトリと持っていた物を机に置く。
 それは小さな。歪で、ところどころ泥にまみれてしまっていたが、皆が一生懸命かき集めて作った雪だるまだった。溶けにくいように、ちゃんと魔法が掛けられた代物だ。
「クロノ。お疲れ様……」
 最後に皆でかき寄せたクリスマスカードを添えて、フェイトは体を引っ込めた。
 旅の扉が小さく縮んでいく。そして、閉じきる瞬間、
「メーリクリスマス」
 皆が呟いて、部屋に暗闇が戻った。

 クロノはそんなことも知らずに眠り続けていた。朝起きて、寝ぼけ眼で部屋を見渡すまで、気付かずに。

 

                                      ―――FIN